日本が抱える北朝鮮問題の本質

 今年に入り、北朝鮮をめぐる世界の情勢はめまぐるしく動き始めており、北朝鮮に関する報道が毎日のように日本中を賑わしている。これが意味するところは、日本の専門家たちの多くが指摘してきたような、昨年中に起こるはずであった米軍による北朝鮮への攻撃はなかったということである。
 
 今、多くの日本の人たちは何かすっきりしない「モヤモヤ」を抱えているのだと思う・・・「結局、北朝鮮は生き続けているじゃないか」・・・。これまで20年以上にわたって北朝鮮はもうじき崩壊するものだと日本社会は各種メディアを通して、さんざん刷り込まれてきた。しかし、そうなる気配がないどころか、逆に若返り活発(やんちゃ)になっている感じさえある。
 そういった中で昨年末に熱を帯びたのが、米軍による爆撃という「外科的措置論」であった。ついに米国も本気になり、これで北朝鮮の息の根が止まるのだとされたのである。つまり、信じてきたこれまでの話と、現実に起こっていることの間に整合性が取れなくなっているのだ。

 北朝鮮の脅威もさることながら、現在の日本が抱えている北朝鮮問題の本質は、この日本国内における北朝鮮に対する認識の在り方そのものにあるのかもしれない。日本ではあまりにもドラマチックな現象という局面(点)を重視し過ぎた結果、地味な文脈(線)が軽視されてきた。崩壊という結論を前提とした、その時その時の解釈をブロックのごとく積み重ねることで日本における北朝鮮認識が形成されてきたのである。もはや、長年の習慣により固定化されてしまった北朝鮮のイメージ(崩壊寸前の悪の枢軸)から逃れられないジレンマに、いまの日本社会が陥っているように見える。

 筆者は長年アジア地域でのフィールドワークを展開してきており、今年、約30年ぶりに日本に帰ってくることになった。北朝鮮にも20年間にわたり現地での調査を行ってきた(現在、収集した独自データの分析をまとめ理論化の最中である)。
 そういう背景もあり、筆者の北朝鮮の見方は現在の日本のものとは大きく異なっている。ただその見方はあくまで個人的な体験に基付くものでしかなく、日本の常識からいえば異端的なものでしかないというのが現実だ。つまり、筆者がいくら正論と思ってみても、それはこの日本においてはどこまでも逆説的な見解にしかならない。
 しかし、日本の常識とは異なる視点での分析も、「モヤモヤ」している人たちの思考の整理に対して多少は役に立つ可能性もあるかもしれない。それを信じて、このタイミングに、北朝鮮に関する筆者の見方の一端を数回にわたってお伝えしていきたいと思う。

金正日広場前のテニスの風景
金日成広場前のテニスの風景

北朝鮮が主導する世界情勢

 結論から言えば、今進んでいる北朝鮮をめぐる国際情勢は、北朝鮮が描く筋書き(ベクトル)に沿って、すべての物事が連動し動かされている状態にある。ありていに言えば、「北朝鮮の手のひら上で世界が踊らされている」状態である。
 日本的な常識から言って、にわかには信じられないことだが、これが現実である。物事は自分たちが思っているより、ダイナミックに逆転現象が起こっているのである。

 ここ数年における北朝鮮情勢は、すべて北朝鮮が起こした行動が出発点となり、それに対する反応という構図が構造化されてきている。2016年5月に北朝鮮では36年ぶりに党大会が開かれたが、そのあたりから2017年にかけて約2年弱に渡り核開発とミサイル実験が繰り返し行われてきた。これを国際社会に対する挑発行為として、国連により経済制裁が実施され、また米軍による軍事オプションなどが取りざたされてくることになるのだが、今度は北朝鮮が2018年に入り、一転して国際社会との対話モードに入ると、韓国や米国は間髪入れずにその姿勢を評価し受け入れることになる。

 北朝鮮をめぐる「圧力と対話」という外交政策はかなり効果的に機能できているということがここからも読み取れる。つまり、この「圧力と対話」こそが、北朝鮮の巧みな外交政策の基本となっているのだ。トランプ大統領や安倍首相が主張するように、こちら側が使役となり北朝鮮の行動を変えさせているのではない。我々は北朝鮮の行動に一喜一憂しながら、確実に受け身の中で北朝鮮が描く筋書きの中に、一つ一つ律義にも丁寧に反応を繰り出しているのである。

 気が付けば北朝鮮の狙いの中に落とし込められて行っているという・・・逆説である。我々はもはやどこまでも北朝鮮を無視することができない体質になっていたのだった。

北朝鮮の核保有の意味

 現在進められている対話モードの中で、米国を中心として北朝鮮への要求となっているのが、非核化の問題である。つまり、北朝鮮の核放棄という話だが、これも根本的なところがズレてしまっている。

 北朝鮮の核に関して言えば、その放棄が要求されているのが北朝鮮の核開発によって生まれた数個保有されているとされる物質としての核であるが、結局それは北朝鮮における核の副産物に過ぎない。
 北朝鮮が本当に保有しているのは、物質としての核という結果物ではなく、その物質を作り上げる科学的蓄積(データ)であり、その技術者たちの経験にある。つまり、核を再生産する仕組みを北朝鮮は持ってしまっているということである。

 北朝鮮から本当に核をなくすためには、この核開発に関する一連のデータとチームをそっくり北朝鮮から排除しない限り非核化にはならない。

 おそらく国際社会の理解では、北朝鮮の核は職人がその勘の力で偶然的に生み出されたみじめな国の奇跡ぐらいにしかとらえていないかもしれない。確かにそれも無理もないところもある、北朝鮮よりはるかに先進国とされている同じ民族の韓国のロケット開発を見ると、自ら宇宙大国と自称するが韓国で打ち上げられたロケットの基本部分はロシア製の借り物であり、しかもその部分自体がブラックボックス化されていたのである。その結果、ロシアからの供給が途絶えた瞬間に、事実上韓国の宇宙計画は頓挫することになるという、目も当てられない事実があった。

 北朝鮮の核やミサイルの場合は、職人技ではなく科学者であり技術者が独自に開発している。それはつまり、自然科学の強みであるその中に書かれている言語を読み解くことができれば、専門家であればだれでも一つの完成されたデータに沿って再現が可能となる筋の物であるということである。核やミサイルの部分を韓国のように他国から輸入し組み立てているわけではないのである。

 そして何より、日本の人たちの理解で根本的に欠如しているのが、北朝鮮の最大の強みとなっている、彼らもまた21世紀の国際社会における主権国家であるという事実である。
 国際秩序である内政不干渉の原則により、日本国内で特殊団体を家宅捜査するように、国際社会は北朝鮮内に入り込み、勝手に内部調査はできないという特権を北朝鮮は保有しているのである。たとえそれが現代常識の国民主権でなく、時代錯誤の君主主権による主権国家だとしても・・・である。
 つまり、データや人材、そして制作機材やプルトリウムなどの原材料などは分散して、オーストラリアとほぼ同じ2500万の人口を擁する北朝鮮の国内のどこにでも隠すことができ、それは偵察衛星をもってしても発見することは極めて難しいということである。

 北朝鮮が保有している核関連事項は以下の3つに集約される。1)核を再現する「仕組み」(データ)の保有、2)主権国家による他国からの「内政不干渉」の権利の保有、3)絶対君主によるぶれない「ヤル気」の保有、である。これら3つの保有が連動すれば、仮に交渉の結果、現物の多くが取り除かれたとしても、時間の問題で、これまでのレベルの物は確実に再生産できるというのが、北朝鮮の根本にあり、それが金正恩体制における自信の背景になっている。

 北朝鮮が核を持ったということではない。北朝鮮という強固な独裁体質の国が核の技術を独自に開発し、この3年の間に内在化させてしまっていたということである。この時点で、すでに北朝鮮の恒久的な核保有に関する勝負自体はついてしまっていた。

 北朝鮮の核とミサイルのセット保有、それはこれまでの国際秩序の認識の延長線上では想像すらすることができない想定外のことだった。世界は今、意味が異なった北朝鮮に戸惑っている状況にあり、北朝鮮はその状況を把握している。 

将来の伏線としての米朝会談

 もし米国との会談の中、北朝鮮がその争点を非核化というあいまいなテーマに縛り付け、交渉で経済制裁の解除と安全の保障を引き出す対価として、その実行を2年程度の段階的なものにまで持ち込めたら・・・それは完ぺきな北朝鮮外交の勝利を意味することになる。
 
 ここ数年に実行した一連の核とミサイルの実験を通し、北朝鮮は数々の成果とともに次の段階に進むための課題を見出しており、現在その解決のための研究が進められているものと推測できる。もし、次の実験までのインターバルとして現在の外交の期間を置いていると考えるとするなら、2年後には次の米国大統領選挙に時期に突入することは決定事項になっており、北朝鮮の「ヤル気」次第では、各種実験の再開など大統領選に直接影響を与えるようなキャスチングボードを握る存在になる可能性がある。

 北朝鮮にとって本当の米国との外交交渉は、米国本土を確実に狙える核ミサイルの既成事実を獲得したうえで、有利な立場の中で進めることにある。そういう観点から見れば、今回の米国中間選挙前の米朝会談は、北朝鮮にとっては、目的達成までのプロセスの過程にあるつなぎ的なこと、つまり将来に向けた伏線ということになる。しかし伏線があるからこその将来的な回収となる原理を理解しているので、北朝鮮はこの時点における米朝会談を絶対的なものとしてかなり重要視している。

 前回のロシアそうであったように、次回は北朝鮮がこのトランプを次期大統領にすべきかどうかの判断を、この機会を通して人物分析ができる貴重な経験となる。ソ連は70年持たなかったが、北朝鮮は70年を超えてゆく存在である。当然ロシア程度よりその戦略が優秀で総合的であることは間違いない。

 もちろん必ず、大統領選に合わせて仕掛けを実行するということではない。ただ北朝鮮的にはオプションとして、状況により対応できる将来的なカードの選択肢を広げるという戦略的な考えがあり、それに基付く今回の米朝会談であると見るべきである。

 一見、米国の力で北朝鮮問題が動いて、北朝鮮側がすり寄っているように映るかもしれないが、これはどこまでも局面(点)での状況判断に過ぎない。北朝鮮は周到な計画のもとに表には見えない文脈(線)でうごいている。つまり今の見た目にはかかわらず、構造的なモーメンタムは朝鮮側にあるというのが、筆者による分析である。

 今回は、北朝鮮は核保有を文脈(線)の中で戦略的に展開してきているのだという見方の、さわりを見てきた。次回は、この北朝鮮が設定し運営している文脈(線)とは具体的にどういったもので、いかに局面(点)に生きる世界がこれに載せられてしまっているかについて。また、その文脈(線)において重要ポイントとなる、北朝鮮の建国70周年が意味するところについて逆説的に見てゆこうと思う。

荒巻 正行
 報道ドキュメンタリスト・東アジア学研究者。1968年生まれ、大阪府出身。米国・メリーランド大カレッジパーク校人文学部東アジア研究学科卒。中国・首都貿易大大学院留学。早稲田大大学院修了、修士(国際関係論)。北京を拠点に研究活動を行い、1997年より20年に渡り映像記録による北朝鮮での現地調査を続けている。また、チベット・北朝鮮をテーマにした報道ドキュメント作品を多数制作し、日本テレビ・TBS・NHKなどで放映されている。2007年からは音楽家ファンキー末吉(爆風スランプ)を誘い、平壌ロックプロジェクトを主宰し北朝鮮初のロックナンバー「ムルンピョ」(ケスチョン・マーク)をプロデュースする。  

平壌ロック第1期「ムルンピョ」(音源) 

平壌ロック第2期「学校へ行こう」(音源) 

北朝鮮のロック少女・写真集特集 
https://www.jiji.com/jc/d4?p=krg128&d=d4_asi