民間臍帯(さいたい)血バンクに保管されていた臍帯血を、民間クリニックが違法にがん治療や美容目的で投与し、医師ら6人が逮捕されました。この臍帯血は経営破たんした民間バンクから流出したもので、法的な規制がない民間臍帯血バンクの問題点が露呈しました。私は、将来に備えて出産時に、民間バンクに臍帯血を保存しました。再々発した血液がんと2つの血液の難病を患った私が、公的バンクではなく、民間バンクへの臍帯血保存を決断した経緯を振り返りながら、この臍帯血問題について考えたいと思います。

1) 転売された血

公的バンクと民間バンク、何が違う?

 臍帯血は、胎児と母体を結ぶ臍帯(へその緒)と胎盤から採取されます。臍帯と胎盤は、胎児が生まれた後は通常、廃棄物として捨てられます。しかし、近年、臍帯血には血液をつくり出すもとになる「造血幹細胞」が含まれていることが分かり、この細胞を使う「造血幹細胞移植」が、白血病や悪性リンパ腫などの患者に対して行われるようになりました。この治療に使われる臍帯血は、提供者(ドナー)の善意により、医療機関を通じて全国に6か所ある「公的臍帯血バンク」に提供されて凍結・保存されます。

 公的バンクは「造血幹細胞移植法」に基づき、国が許可した施設です。この公的バンクに厳格な基準で保管された臍帯血が、治療を必要とする患者に提供されるのです。厚生労働省によりますと、提供された臍帯血のうち検査を経て最終的に保管されるのは25%。現在6か所の公的バンクに保管されている臍帯血は約1万1千件だといいます。

 造血幹細胞移植は「骨髄移植」と、薬により血液中の造血幹細胞を増やして行う「末梢血幹細胞移植」、そして「臍帯血移植」という3つの方法があります。国立がん研究センターによりますと、「臍帯血移植」は他の2つに比べて症例数はまだまだ少ないですが、感染症などの課題はあるものの、ドナーを見つけるための時間がかかる「骨髄移植」とは違いすでに凍結保存されたものを使うため、早期の移植が可能などの長所があるといいます(注1)。今後、症例数の増加が期待されています。

 一方、民間バンクに保管されている臍帯血は、契約者が将来自分の子どもが白血病などの病気になる可能性や現在確立されていない治療法に臍帯血を使う可能性を考えて、事業者と委託契約を結び、手数料を払い、保管してもらいます。民間バンクには保管や管理体制などについて、法的な規制はありません。今回、民間クリニックによって違法に利用されたのは、契約者が将来に備える目的で医療機関を通じて事業者に託した臍帯血なのです。

12医療機関で、69人に違法投与 

 厚生労働省によりますと、今回、違法に使われた臍帯血は2009年に経営破綻した茨城県つくば市の民間バンクから流出し、仲介業者を経て、東京、大阪、福岡の12の医療機関に転売され、美容やがん治療と称して患者69人に無届けで投与されました。臍帯血の無届け投与は、2014年に施行された「再生医療等安全性確保法」に違反する行為です。同法は、他人の幹細胞を投与する行為を、生命や健康に重大な影響を及ぼすとし、白血病などの特定の治療に使う場合を除いて、国への届け出を義務付けています。同省は12機関のうち、「悪質性が高い」と判断した4機関を刑事告発、今回の逮捕に至りました。

 これらの経緯から、同省は初めて民間臍帯血バンクの業務実態調査(注2)を行い10月4日、「厚生科学審議会再生医療等評価部会」で報告しました。
https://bee-media.co.jp/wp-content/uploads/2017/10/IMG_8850.jpg

 調査報告書によりますと、現在国内には民間バンクが6社あり、そのうち5社が臍帯血を保管し、1社が引き渡しのみ行っています。契約者が「本人または親族の治療に使用することを目的とした契約に基づいて、保管されている」臍帯血は、5社合計で約43,700件、この他に、契約終了後に廃棄処分せずに保管し続けている臍帯血は、5社合計で約2,100件ありました。

 6社のうち4社は「第三者への提供はない」との回答だったものの、1社は「第三者への提供がある」と答え、その数は160件に上りました。提供された臍帯血は、がん治療などに用いられたといいます。また、契約終了後や廃業時の所有権の扱いや処分方法を明らかにしている業者もあれば、その記載がない業者もありました。また、品質管理体制が整っている業者もあれば、医師が臍帯血を使用する際に品質や安全性を確認できる状態ではない業者もあるなど、その体制にバラつきがある問題点が浮かび上がりました。

細胞の所有権は誰に?

 審議会委員の間では、様々な意見交換がなされました。まずは、委員から「臍帯血の所有権は誰にあるのか?」という質問がなされました。これについて、同省は「契約中は、子供。両親はその子供の代理契約者となる」と説明。他の委員からは「所有という概念が細胞についてもあるのか?」との疑問が呈されました。また、「将来、本人が使うからという理由で、感染症など公衆衛生上のリスクを確認しないのはおかしい」という指摘もなされました。これについて厚生労働省は、「将来の使われ方が決まっていないものに対して、安全性を担保する検査をどこまで行うのかという問題がある」としました。

 同省ではこの調査を踏まえ、民間バンクに対し通知を出し、業務内容を国に届けることを求め、契約終了・廃業時は臍帯血は本人への返還か廃棄を原則とする契約書のひな型を提示するなど措置を取っているといいます。また、これらの措置を検証し対策を検討する有識者委員会を設置する予定です。

「治療を必要とする人の役に立ちたい」と言う女性の善意で提供された臍帯血と同様、「自分の子どもが将来、血液がんになる可能性に備えておきたい」という切実な母親の願いで保管された臍帯血も、適切に管理され利用されるべきです。そのための仕組みづくりが急務です。

注1 国立がん研究センターがん情報サービス「造血幹細胞移植の各方法の比較」
http://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/HSCI/comparison.html

注2 「臍帯血プライベートバンクの業務実態に関する調査報告書」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/ishoku/dl/saitaiketsu02-2.pdf

村上 睦美
医療ジャーナリスト。札幌市生まれ、ウエスタンミシガン大卒。1992年、北海道新聞社入社。室蘭報道部、本社生活部などを経て、2001年東京支社社会部。厚生労働省を担当し、医療・社会保障問題を取材する。2004年、がん治療と出産・育児の両立のため退社。再々発したがんや2つの血液の難病を克服し、現在はフリーランスで医療問題を中心に取材・執筆している。著書に「がんと生き、母になる 死産を受け止めて」(まりん書房)