上海、復興公園、日曜の午前。柔らかな晩秋の陽のもと、太極拳の技を磨くグループ、将棋に似たゲームに熱中する男たち、社交ダンスに興じる男女…付近に暮らす人々が思い思いにくつろぐ姿が現在のこの街の安定を印象付ける。

そうした中で目を引かれたのが、一心に合唱に打ち込む中高齢者の一団だった。50人あまりが振り絞る声の迫力はすでに何度もこの場所で歌い込んだに違いない練られたものだ。どこからか電源を調達して伴奏する電気ピアノは常設されているかにみえる。旗にある「天天唱」とは「毎日歌います」との意。ほぼ毎日ここに集って朗唱することで彼らはその日の平穏を確認し、連帯を実感しているのか。

かつて日本でも歌声運動があり、フォーク集会があった。ある時代状況が人々を共に歌うことに誘うことがあるのだろうか。

歌われていたのは、「儿行千里」や「美萌的草原我的家」。前者は、若者が家を出るとき母親の目に涙が…と旅立ちと母との別れのつらさを歌い、後者は、美しい草原わたしの家、真珠のような牛と羊、羊飼いの少女が歌う幸せの歌…と故郷の草原と少女に寄せた淡い思いを歌詞としている。

高みから天下国家に触れるのでなく、一人ひとりの心情に寄り添うしらべがこの街の人たちの心に響いているようだ。

上海・復興公園 2019年11月3日撮影

藪田正弘
フォト・ジャーナリスト 1952年、神戸市生まれ。1975年、関西学院大学経済学部卒、読売テレビ(大阪)入社。記者として警察・内政など記者クラブを担当。ディレクターとしてドキュメント番組(NNNドキュメント’83〜’86など)、プロデューサーとして報道番組(ウェークアップなど)を制作。報道局次長、コンプライアンス推進室長を歴任、2013年からBPO(放送倫理・番組向上機構)放送人権委員会調査役、青少年委員会統括調査役などを歴任。2018年フリーに。