がんの子供たちの書き初め展
私は長らく血液がんなどを患っていましたが、最近は、自分が病人だったことを意識することが少なくなりました。それでも数カ月に一度の定期検診の日は、自分はがん患者であることを思い出します。1月19日、”かかりつけ医”である、国立がん研究センター中央病院=東京都中央区=に行きました。様々な思いが蘇ってきました。
診察前の血液検査を済ませて、私がかかっている血液腫瘍科に向かうと、近くの壁に展示されている「書き初め展」が目に飛び込んできました。小児病棟に入院する子供たちの作品です。
同病院の小児病棟には、入院中でも子供たちが学校生活を続けることが出来るように、東京都立墨東特別支援学校の分教室が開設されています。「いるか分教室」といいます。小学校1年生から高校3年生までの子供たちが対象です。
展示されていた書き初めは15点。どれも伸びやかで、堂々とした筆遣いでした。左側の小学生の作品から1点1点をじっくりと見ていきました。中・高校生になると、言葉の意味と、その言葉を選んだ理由が添えられています。
一番右の作品は「力戦奮闘」です。作品の下に添えられた「言葉の意味」は「力を尽くし、勇気を奮って、戦うこと」。ここで学ぶ生徒の中で一番年長なのでしょう。字も立派でした。その横に書かれた「この言葉を選んだ理由」を読んだとき、思わず目頭が熱くなりました。
「勇気をもってどんな治療にも挑戦しようと思ったから」
抗がん剤、手術、放射線、造血幹細胞移植・・・。大人にとっても、たいへんな治療です。ましてや、本来なら学校で学び、校庭を走り回り、運動に汗を流し、友人とのおしゃべりを楽しんでいるはずの子供たちにとって、本当に辛いものに違いありません。しかし、その境遇を前向きに受け止めようとしている。その真っ直ぐな心に、ただただ頭が下がりました。
この子供たちの親に思いをはせました。治療する我が子を見守るのは、どれほど辛いことかと。私が38歳で最初の抗がん剤治療をしたとき、母はよく「代われるものなら、代わってあげたい」と言っていました。中年に差し掛かっている子供の親でさえそう思うのですから、この書き初め展に出展している子供たちの親ならその思いは尚更でしょう。
「私が代わってあげたい」と心の中で泣きながら、でも、その思いなどおくびにも出さずに、「大丈夫。お薬は効くから(手術はうまくいくから)」と明るく子供を励ましていることでしょう。私は子供たちの治療が軽いものであること、子供たちのがんが消えることを心から願いました。
そのようなことを思いながら、作品に見入っていると、中年の女性が声をかけてきました。
「すばらしいですね」
「本当に」
短い言葉を交わしました。自分か、家族か、もしくは友人がこの病院に通っているのでしょうか。その女性のひと言には、私と似たような心の動きが感じ取れました。
健康な人たちに囲まれて生活し、自分もつつがなく日常生活が送れるようになっている今、それを当然のことのように勘違いしてしまいます。がん専門病院に通う子供たちの書き初め展は、感謝の気持ちを忘れずに暮らすことの大切さを、改めて思い出させてくれたのでした。
医療ジャーナリスト。札幌市生まれ、ウエスタンミシガン大卒。1992年、北海道新聞社入社。室蘭報道部、本社生活部などを経て、2001年東京支社社会部。厚生労働省を担当し、医療・社会保障問題を取材する。2004年、がん治療と出産・育児の両立のため退社。再々発したがんや2つの血液の難病を克服し、現在はフリーランスで医療問題を中心に取材・執筆している。著書に「がんと生き、母になる 死産を受け止めて」(まりん書房)