新型コロナ対策 シカゴ救急救命室では
新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けた緊急事態宣言は、5月6日に期限を迎えます。国民は今、その期限が延長されるかどうか政府の動向を注視しています。感染者が世界で一番多い米国では一部の州で経済活動を再開しました。そのような中、国内4番目に感染者が多いイリノイ州では4月末までの外出制限措置を5月末まで延長しました。このイリノイ州の医療現場の現状はどうなっているのでしょうか。シカゴ市内の救急病院看護部門責任者の方に、テレビ電話で取材をしました。
ジョンズ・ホプキンズ大の集計(1)によりますと4月27日現在(日本時間正午)、米国の感染者は全世界の3分の1を占める約96万6千人、死者は約5万5千人です。そのうち、イリノイ州では約4万4千人が感染し、1,933人が亡くなっています。
今回、インタビューに応じてくれたのは、同市のアミタ・セントジョセフ病院に勤務している、スティーブン・マイヤーさん。ER(救急救命室)の看護部門を統括しています。アミタグループはシカゴ市内と近郊で19の病院を運営しており、マイヤーさんの病院はそのうちの1つです。
「ステイホーム命令」 5月末まで延長
――まず、イリノイ州の新型コロナ対策について教えてください
「イリノイ州では3月末からロックダウン(都市封鎖)となり、生活に不可欠な業種以外の企業活動は停止され、教育機関も閉鎖。住民には『ステイホーム命令』が出され、外出をする場合も、人とは2㍍の間隔を開けることを求められています。これらは当初今月30日に解除される予定でしたが、5月31日までの延長が決まりました。また、外出時のマスクの着用も5月1日から義務付けられました」
――アミタ・セントジョセフ病院の救急医療体制について教えてください
「4月初旬、新型コロナウイルス対策として看護師の数とベッドを増やしました。ERには現在22床のベッドがあり、廊下には満床になった場合に備えて予備のベッドも設置しました。この対応を決めたのはまだ救急病院に運ばれる感染者が少ない段階でしたので、他部署に頼んで要員を確保することは、大きな決断でした。ですが、国内ではカリフォルニア州やニューヨーク州で感染者が増えてきていましたので、イリノイ州でも増えると予想して、準備をしました」
――日本では、新型コロナウイルス感染が疑われる症状がある患者さんが救急病院に受け入れてもらえないなど、救急医療体制に課題も見られます(2)。シカゴではこうした事例、もしくは、救急医療体制改善への取り組みはありますか。
「新型コロナウイルスの感染者が増える前は、『バイパス』という仕組みがあり、理由があれば救急患者の受け入れを拒否できました。たとえば、病院のベッドが全部埋まっている場合、『バイパス』を一時的に使ってベッドを準備することが出来たのです。が、4月から出来なくなりました。洪水など自然災害や大規模な火事に対応している以外は、要請されれば患者さんを引き受けなければなりません」
――イリノイ州は全米で4番目に感染者数が多いですが、対応し切れないような状況ですか?
「いいえ。確かに感染者は増えていますし、亡くなる方もいます。ですが、何とか持ちこたえています。やはり、州から『ステイホーム命令』が出たことは感染者数を押さえる上で有効だったと言えます」
検査は3種類 60分で結果判明も
――日本ではPCR検査の実施数が少ない、検査結果が出るまで時間がかかるなど、ウイルス検査に関する課題が多いですが、この点についてはいかがですか?
「私たちも3月までは結果が出るまで1週間から10日かかる検査をしていました。手順としては、感染が疑われる患者さんが来た場合は、渡航歴や感染者との接触歴など必要事項を書類に記入して、州に送っていました。そして、州からテストの認証番号が出されて初めて検査が出来、その検体も送付しなければなりませんでしたので時間を要しました。コロナ対策はスピードが大事です。そのため、病院独自の判断で4月初旬に民間企業の検査を導入しました。この検査は結果が出るまでの所要時間が12時間から24時間。ずいぶん短縮されました。最近は、60分で結果が出る検査も導入しました。新規に導入した検査は緊急の手術や処置が必要な患者さんに優先的に行っています。これらの新しいテストは従来の検査に比べて精度の点で課題があります。が、救急患者に対応しなければならない病院として検査に選択肢があるというメリットは大きい」
――時間のかかる州の検査は止めたのですか。
「いいえ。今でも、患者さんの容態により判断し、州に送ることはあります。が、私たちはスピードが大事だと考えています。運ばれてきた患者さんが陰性なのか陽性なのか、それにより、医師・看護師の装備も変わります。N95マスクやガウンなど医療スタッフが着用する個人用防護具には限りがあります。その貴重な防護具を有効に使うという観点からも、短時間で結果が出る検査は有用です」
――簡易な検査を使うと当初は陰性の結果で、後に陽性と判明することはありませんか。
「私たちの病院では今のところありません。確かに、後に陽性と出るケースもあるでしょうが、救急の現場ではまず、短時間で判断することが求められます」
――新型コロナウイルスに感染した患者さんについて、これまでとは違う症状や容態の変化などが明らかになってきたことはありますか?
「新型コロナウイルスに感染しているかどうかいう判断基準は当初、発熱や呼吸器症状が大きな目安となっていました。が、最近は若い人で脳卒中の症状などで救急病院に搬送され、検査で陽性と判明するケースも見られるようになりました。ですので、今は、新型コロナウイルスの典型的な症状ではない患者さんの対応にも気をつけています」
防護具 州独自に中国から輸入
――日本では個人防護具の不足が大きな問題です(3)。本来は使い捨てのマスクやガウンも再利用を余儀なくされている医療機関もあります。
「現状では、十分な防護具があります。米国ではカリフォルニア州やニューヨーク州でアウトブレイク(突発的な集団発生)しましたので、私たちに準備する時間が数週間ありました。まず、シカゴ市に防護具の備蓄分を回してもらうよう頼みました。また、州知事が独自で飛行機をチャーターして中国で内密に防護具を入手し、病院に配布してくれました。現時点では連邦政府は助けてくれませんので、各州が防護具の入手法に知恵を絞っていると思います。また、使った防護具については、CDC(米疾病対策予防センター)のガイドライン(4)で推奨されている方法で保存しています」
――ニューヨーク州の感染者数は減少に転じていますが、大変な犠牲者数です。
「他州に比べて人口密度が高く、公共交通機関などで人々がひしめき合っている点は感染が拡大した要因の一つになるでしょうが、もう少し早く準備をしていればこれほど増えなかったのでは。中国でのアウトブレイクの後、国内では2月にカリフォルニア州で感染が広がりました。その後、イタリアで感染者が増え始めました。ニューヨークはその時点でまだ時間があったのですが、危機感が足りなく準備が間に合わなかったと考えます」
人との接触避け、手洗い徹底を
――日本では緊急事態宣言が延長されるかどうか、という段階です
「新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ上で最も重要なのが、時間を出来るだけ稼ぐことです。決定的な治療法がなく、ワクチンもない中で、医療現場が出来るのはアウトブレイクに備えることだけです。州はいくつかの予測データから、ピークは5月中旬に来るのではと予測しています。ですので、外出制限措置を5月末まで延長した州知事の決断は正しいと考えます。延長しなければ、感染はさらに広がるでしょう。現段階で、感染を防ぐことが出来る有効な方法は、人との接触を避け、手を良く洗うことです。私たちも日本の皆さんも、これらを徹底することが感染縮小への最善の方法だと思います」
〈参考〉
(1)Covid-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at John’s Hopkins University
2)「救急医療の崩壊は始まっている」新型コロナ感染拡大で
3)「防護具不足、看護職への差別・偏見 新型コロナ治療最前線から訴え
4)Strategies to Optimize the Supply of PPE and Equipment(CDC)
医療ジャーナリスト。札幌市生まれ、ウエスタンミシガン大卒。1992年、北海道新聞社入社。室蘭報道部、本社生活部などを経て、2001年東京支社社会部。厚生労働省を担当し、医療・社会保障問題を取材する。2004年、がん治療と出産・育児の両立のため退社。再々発したがんや2つの血液の難病を克服し、現在はフリーランスで医療問題を中心に取材・執筆している。著書に「がんと生き、母になる 死産を受け止めて」(まりん書房)