北海道胆振東部地震

 けたたましいスマホ警報音の直後、激しい縦揺れ…ベッドに体が叩きつけられるような衝撃で目を覚した。うたかたの安眠から暴力的に現実世界に引き戻された不快感の中で時計を確認すると…2018年9月6日午前3時8分。最大震度7を記録し41人もの命を一瞬にして奪った北海道胆振東部地震の瞬間だった。
 2階の寝室にいた私は、階下のテレビで状況を確認しようと思い部屋の電気を灯けたのだが、蛍光灯はやがて闇に吸い込まれるようにゆっくりと輝きを失ってゆく。窓外には街明かりひとつない漆黒の世界が広がっていた。
 かつて暮らしていたロシアでは、停電なんて日常茶飯。人々も「まぁそのうちに回復するから…」という感じで危機感なんて微塵もなかった。その影響だろうか、停電をわりとすんなり受け入れていたのだが、実はこの時、とんでもない事態が進行していたのだ。


苫東厚真火力発電所(ほくでんHPより)

ブラックアウト

 北海道電力によると、震源地に近い苫東厚真火力発電所の緊急停止によって電力の需給バランスが崩れ、連鎖的に停電が広がる「ブラックアウト」が発生したという。日本初の異常事態。その範囲は北海道全域に及び、295万戸すべてが停電に陥った。
 たったひとつの発電所が停止したことにより、稼働中だった他の発電所も停止して未曾有の大停電が発生したのだ。北電はブラックアウトを想定し、発生から復旧までの訓練を年一回実施している。しかしそれは、設備が故障する前に安全装置が働いて運転停止となることが前提。設備が破壊され運転停止を強いられた今回のようなケースは想定していなかったという。北電の工務部長は「訓練だから復旧時間を短縮して進めていた」と釈明したが、現実の災害に立ち向かえない訓練にどれほどの意味があるのだろうか。繰り返される「想定外」という言葉は、災害責任の免罪符ではない。

経営効率

 発電所が連鎖的に停止してしまう事態を、どうすれば防げるのか?それには、電源を分散させ、ひとつの発電所が停止しても充分に補完できるシステムを構築するのが最も効果的だという。今回の場合、道内の消費電力のほぼ半分を苫東厚真火力発電所が担っていて、他の発電所がバックアップできる状況ではなかった。電源を一か所に集約することで発電効率をアップできるというが、電力の安定供給よりも経営効率を優先させた北電の姿勢が、今回の事態を招いたといっても過言ではないだろう。しかし…

泊原発

 地震が発生した9月6日、北電の真弓明彦社長は会見で「泊原発が3台停止している厳しい状況での地震だった」と述べた。発言の意図はどこにあったのか?定かではないが、原発の運転停止がブラックアウトに影響を与えたことを示唆する内容とも受け止められる。だが、今回のような震災に際して原発を肯定的に語ろうとするには些か無理があるように思う。
 北電の泊原発は現在、再稼働に向けた原子力規制委員会の審査中で、3基すべてが停止している。原子炉に核燃料は装填されていないが、使用済みの核燃料1527体をプールで冷却保管している。通常は外部電源によって冷却しているが、ブラックアウトに伴い9時間半に渡って非常用の自家発電で事態をしのいだという。仮に…という話は禁物かもしれないが、外部電力の供給がさらに遅れた場合、或いは自家発電に何らかの不都合が生じていたら事態はより深刻化していたに違いない。


北海道電力 泊原子力発電所

 一方で北電は、停止中の泊原発を維持するため4460億円以上をすでにつぎ込み(2012~2017年度)、さらに2000億円台半ばの安全対策費を見込んでいる。原発再稼働への過大な投資が、老朽化の懸念を抱える多くの火力発電所の安全対策に負の影響を及ぼし今回のブラックアウトを引き起こした…という見方もある。

危機管理

 北電社長の発言はおそらく、泊原発が稼働していればブラックアウトを引き起こした「電源の過度の集中」という事態を回避できたかもしれないということを示唆している。
 北電はいま泊原発3基すべての再稼働を目指しているが、その出力は苫東厚真の165万kWを大きく上回る207万kW。その泊原発がベースロード電源として機能していれば苫東厚真火発の負担も当然減少し、結果的にブラックアウトを回避していただろう…という論理に違いない。
 だがその状況は、逆に泊原発への過度な集中を意味している。福島第一原発事故の前、北電の電源構成の4割以上を担っていたのが泊原発だ。泊原発の再稼働はブラックアウトへの危機管理上、大きな懸念を伴う可能性がある。とはいうものの北電は「3基すべての再稼働」という方針をあくまで貫く構えだ。

原発回帰

 福島第一原発の事故から僅かに7年半…しかしその教訓は早くも風化しようとしている。
現時点(2018年9月)で原子力規制委員会の審査を通過し再稼働へのお墨付きを得た原発は15基。そのうち9基がすでに再稼働を果たしている。原因究明もないまま進む再稼働。加えて、核燃料サイクルの破綻にもかかわらず、消えないプルトニウム信仰。そして置き去りにされたままの高レベル放射性廃棄物問題…すべてが原発回帰の流れの中にある。
 今回のブラックアウトは、言うまでもなく原発の再稼働問題とは本質が異なっている。しかし、電力政策上の瑕疵さえ原発再稼働と絡めて語ろうとする現状に、私は危機感を禁じ得ない。
 東京理科大学の橘川武郎教授は取材に対して「確かに既設の原子炉は安くて競争力のある電源かもしれない。しかしそれは一番不安定な電源なのです。」と指摘する。原発の経済的な効用を容認する橘川教授だが、危機管理上、原発の安全性については冷静に見極める必要があるという立場だ。
 日本で初めてのブラックアウトという事態に対峙して、理性的な対応と論理展開がいま何よりも求められている。

片野弘一
1953年秋田市生まれ。明治大学法学部法律学科 卒。1978年 札幌テレビ放送(株)入社。報道部長などを経て、2008年 NNN(Nippon News Network)モスクワ支局長、2012年~ 帰国後、札幌テレビ放送解説委員(~現在)。1986年 動燃(動力炉核燃料開発事業団)が北海道幌延町に計画した高レベル放射性廃棄物の貯蔵研究施設建設問題を取材。以来、核廃棄物や原発、ロシアをテーマに多数のドキュメンタリーを制作。