三菱日立パワーシステムズの呉工場に眠る、巨大な原子炉圧力容器。電源開発・大間原子力発電所の心臓部だ。2012年4月に完成してからもう6年が過ぎて、表面には赤茶色の錆が浮かんでいるが、機能には影響ないという。
 この原子炉圧力容器には872体の核燃料が装填されるが、それはすべて、プルトニウムを含むMOXとなる予定だ。世界で初めての『フルMOX』商業炉。高さは21m、内径7.1m、厚さ0.18m。
 驚いたのは、この規格がABWR(改良型沸騰水型軽水炉)の標準仕様という点だ。
つまり燃焼体が一般のウラン燃料であろうがプルトニウムを含むMOX燃料であろうが、構造的な違いはないらしい。
 原子炉工学の第一人者、北海道大学大学院の奈良林直教授は「強度的に何の問題も無い」とするが、一方、原子力資料情報室の上澤千尋さんは「MOX燃料が原子炉制御に負の影響を及ぼすことは、既に立証されている」と警鐘を鳴らす。


原子炉圧力容器(大間原発用)

 福島第一原発事故以降、原発の安全性についてはより厳格な対応が求められている。かつての原子力村のような「権威」に拠って安全性を担保するのではなく、世界一厳しいと自認する原子力規制委員会の審査を中軸に、地質、火山、地震、気象、理学、工学、倫理などあらゆる知見を総動員して検証していかなければならない。
 しかし、これまでの再稼働への経緯を辿ると、安全の確保という課題はほぼ原子力規制委員会の審査に一任されている印象を受ける。規制委員会が審査書案を了承した段階で、電力会社は原発再稼働への物理的手順に着手する…という流れが既に定着しているように思えてならない。規制委員会の審査内容を規定している「新規制基準」の妥当性、或いは規制委員会の立ち位置…その中立性などは、もはや論じる必要がないのだろうか…

  
原子力規制委員会(左)、電源開発・大間原発(建設中)(右)

 原子力規制委員会への誤った権威付けを助長するような出来事が、今年3月、北海道で起きた。世界初のフルMOX商業炉をめざしている大間原発…その建設差し止め訴訟の判決で函館地裁は「原子力規制委員会で審査中」であることを理由に、「安全性」について一切の判断を避け、住民の訴えを退けたのだ。安全性は規制委員会に一任されている…そう受け止めた市民も多かったに違いない。だが…
 フルMOXの危険性や活断層、火山の脅威などの専門性の強い領域に対して、規制委員会の審査を尊重したとしても、新規制基準そのものの合理性や住民の受忍限度、あるいは新規原発建設の必要性など、司法が是非を判断すべき部分は多い。原発リスクを司法の立場で判断することこそが、フクシマの教訓ではないのだろうか。


2018年3月19日 函館地裁

 大間原発のリスクに対する判断を避けた司法。その対応は批判されて然るべきだが、この判決の最大の瑕疵は、司法が「核燃料サイクルの破綻」という状況をあえて看過している点にある。

 茨城県東海村のアメリカ製原子炉が臨界点に達して、国内初の『原子の火』が灯ったのは1957年8月。当時の新聞紙面は「原子力時代の幕開け」「未来のエネルギー」「歴史的快挙」など称賛の言葉で埋め尽くされ、国民はやがて訪れる高度成長時代を予感したという。
 鉄腕アトムが空を舞いウランちゃんがニッコリ頬笑んでぼくたちを魅了した原子力の黎明期…産み落とされたのが『核燃料サイクル』という考え方だ。
 使い終わった核燃料からプルトニウムを取り出し、それを再び燃料として活用する。その一方で、使った以上のプルトニウムを産み出すという夢の原子炉・高速増殖炉。資源の乏しい日本が活路を見出した『核燃料サイクル』は、プルトニウムを軸としたこの2つのサイクルで構成され、日本のエネルギー事情を根本から変えるシステムとして期待を集めていた。

 核燃料サイクルの中核・プルトニウムは核爆弾の原料にもなる危険な放射性物質で、これを現在日本は47.9トン保有している。そのうち核分裂しやすいプルトニウムは30トンほどだが、それでも核爆弾6000発に相当する量で、国際社会から大量保有を危惧する声も強い。加えて、青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場が稼働すれば年間8トンのプルトニウムが新たに生じていくという。

 なぜ大量の余剰プルトニウムを抱えることになったのか?それは、核燃料サイクルの一方の柱となるはずだった高速増殖炉計画の破綻が大きな要因だ。高速増殖炉の原型炉もんじゅは1994年に稼働したが、翌年、冷却用ナトリウムが漏れ出す事故を起こして運転を停止。その後22年間で稼働僅か250日という不名誉な記録を残して2016年に廃炉が決まった。

  
MOX燃料(左)、プルトニウム(右)

 高速増殖炉計画の破綻によって、核燃料サイクルの一方の輪が機能不全に陥る。国は、プルトニウムを含むMOX燃料の活用で核燃料サイクルの維持を図る方針だが、現在MOX燃料に対応した原発で稼働中なのは関西電力の高浜3号機4号機だけ。5月に再稼働予定の玄海3号機4号機を加えても僅か4機…
 そのMOX対応の原発でも、営業運転では燃料全体の3割程度しかMOX燃料を使えないというから、年間のプルトニウム消費量は1トンをようやく上回る程度に留まる。

 こうした状況を背景に「すべての炉心でプルトニウムを使う」フルMOXの原子炉、大間原発の存在感が高まっている。大間が稼働すれば、一機だけで年間1.1トンのプルトニウムを消費してゆく。存亡の危機を迎えている核燃料サイクルにとって、或いは日本の原子力政策にとって、大間の存在感は絶大だ。
 電気事業連合会の試算によると、この大間原発と全国16~18基の原発でMOX燃料を使用していけば、理論上、余剰プルトニウムを減らせるという。しかし、再稼働原発が極めて少ないことに加えて、今後30基程度が廃炉となる見通しの中で、これは果たして実現可能なプランなのだろうか?
 さらに使用済みのMOX燃料の再処理は、現在青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場では対応できないという。第二の再処理工場が必要だというが、24回も工事を延期して今なお完成していない第一工場の現状をみれば、この実現性もまた疑わしい。

 期待される「司法の知見」とは、おそらくこうした原子力政策の現状にもメスを入れ、総合的な判断を下すことではないだろうか…
 原子力の現実に正面から向き合い、冷静で的確な判断を示す、そんな司法の毅然とした姿勢に、ぼくたちは今も期待し続けている。

片野弘一
1953年秋田市生まれ。明治大学法学部法律学科 卒。1978年 札幌テレビ放送(株)入社。報道部長などを経て、2008年 NNN(Nippon News Network)モスクワ支局長、2012年~ 帰国後、札幌テレビ放送解説委員(~現在)。1986年 動燃(動力炉核燃料開発事業団)が北海道幌延町に計画した高レベル放射性廃棄物の貯蔵研究施設建設問題を取材。以来、核廃棄物や原発、ロシアをテーマに多数のドキュメンタリーを制作。