日本の環境技術は世界トップレベルなのか?
「常識」の真の姿
「日本の環境技術は世界トップレベルである」ということは、少し前までは日本の「常識」であった。その「常識」が根拠とされるのは、日本の環境分野の特許件数(国内・国際特許申請数)が世界上位にある、という点である。
2010年に発表された「日本の環境技術産業の優位性と国際競争力に関する分析・評価及びグリーン・イノベーション政策に関する研究最終報告書」は、この常識を真っ向から覆す結論を出した。結論をそのまま借りると「日本は空調や自動車に関する環境技術分野において若干優位性はあるものの、米国・ドイツの国際競争力がほぼすべての分野において強いことや、また韓国が特定の分野で日本・ドイツ・米国を猛烈に追い」上げられている。
このような結論を裏付ける興味深いが研究データがお隣の韓国からも出でいる。韓国経済研究院が2016年に発表した報告書によると、韓国と日本における製造業技術格差を年単位に換算した場合、2014年時点において、韓国は日本に2.8年の遅れをとられていると評価した。逆に中国に対しは、同時点で1.4年進んでいるという結果だ(表1)。
特にエネルギー・資源や環境・地球・海洋分野に関しては、韓国がそれぞれ日本に2.9年と3.7年遅れていると試算している。いずれにしても2012年に比べ、災難・災害・安全分野以外のすべての分野において日韓の技術格差は縮まっている。一報、韓国も中国に猛追される境遇に置かれていることがデータから見て取れる。日本の技術力は、韓国や中国に比べても余裕を失いつつある。
▼表1 韓国から見た日本、中国との製造技術格差
そもそも、単純な特許申請数の統計に基づく技術力評価には、いくつかの問題点がある。上記の報告書も指摘しているように、まず、日本は国内競争環境が他の国に比べ激しいことから、特許申請を量産する体質である。つぎに、1980年代までの日本の特許制度は、実質上、多項出願を認めていなかったため、関連する発明が細かく分割されて出願されたことが「特許量産」のバブルを後押しした。また、従前の統計は、国内同一技術が国際出願した場合の数もダブルカウントしていたため、統計データの「水増し」を効果的に防げなかった点も看過してはならない。
技術力は市場獲得力である
製造業国際競争力に関する興味深いデータがデトロイトによって発表されている(表2)。日本製造業の国際競争力ランキングは、2010年の6位から2016年の4位まで上昇する奮闘ぶりだが、アメリカと中国には及ばない結果となっている。
▼表2 世界各国製造業国際競争力ランキング
技術力は、実用化された製品としてグローバル市場のシェアを獲得して初めて、その真価が発揮される。日本の技術を「盗んだ」とされる中国新幹線技術は、とっくに日本の先を進んでおり、次々と世界市場での快進撃を挙げている。
2013年に発表した報告書「我が国企業の国際競争ポジションの定量的調査」において、日本製造業の国際競争力について、製品・部材の売上高と世界シェアの観点から緻密な分析が行われ、大変貴重なデータを我々に提供している。この報告書の結論からいうと「自動車や医療用医薬品、炭素鉱」以外は、特に世界に誇れる分野がないことがわかる。
今年の5月、中国北京に本拠地を構える環境政策研究所「中外対話」のウェブサイトに大変興味深いに記事が公開されている。2006年から2015年まで中国で売られた環境モニタリング関連設備の年間売上台数と売上高についてまとめたこの記事では、対中国輸出国別の市場シェアを明らかにした。2015年だけで、中国におけるモニタリング設備の需要は4万台近くあり、前年度の3万台を大きく超えている。2014年を基準に見た場合、関連設備の売上高は全部で35億元を逼迫している。対中国輸出シェアを見た場合、ドイツが一位であり6割以上のシェアを占めており、その後をイギリス、フランス、デンマークの順で、トップ4をすべてEU勢が占めている。
技術力は国民を養う経済力である
優れた技術力は市場獲得能力のみならず、地域の雇用と経済に貢献するものでなければならない。かつて、PVや風力発電などの環境エネルギー技術は、先進国が独占技術であったが、その勢いは韓国や中国に押されつつある。
ここで紹介したいデータは、再生可能エネルギー関連の国別雇用者数・世界シェアに関するものである。図1に見るように、太陽光、風力、バイオマスなど、ほとんどすべての分野において、中国が雇用者数、世界シェアともに一位を獲得している。特に太陽熱分野の雇用者世界シェアは83.3%を占めている。かつての先進国の「お家芸」は、現在において、中国の雇用拡大に大きく貢献している。
▼図1 再生可能エネルギー関連雇用状況
以上が、日本の「環境技術神話」の本当の姿である。環境技術のみならず、国策として、いかなる科学技術・産業戦略に打ってでるべきか、より抜本的な戦略が今後必要となる。アメリカやEUに目を向けがちな日本に対し、中国は壮大な「一帯一路構想」の実現に向け、大きな社会変革期に突入している。日本の次につながるステップは何なのか、と考える余裕もなく世界は目まぐるしく変っている時代に我々は生きている。
(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)エネルギーおよび気候変動とエネルギーエリア領域、主任研究員。2009年、京都大学大学院の法学博士を取得。2014年から2017年まで、科学技術振興機構のフェローを勤め、2017年5月をもって現職に着任した。研究分野は、中国における低炭素都市政策や省エネ政策、大気汚染対策のほか、北東アジアにおけるETS制度である。