蔵王を望む上山市の「斎藤茂吉記念館」の展示の一角に佇む一人の美女。永井ふさ子。正岡子規の同郷の知り合いということもあって、25歳のときに茂吉の歌会に参加。当時茂吉は54歳で29歳の年齢差。ちょうど茂吉は妻輝子と別居していて失意の中にいた時ということもあり、歌の指導をしているうち懇ろになり、昭和11年1月、浅草で会った帰り、暗がりで茂吉が唇を奪ったことから火がついてしまったのであった(やるな、ジイさん!)。
この件は茂吉の死後まで隠されていたが、女性誌が暴露したことから発覚し、ふさ子は茂吉が焼却してくれと言って出していた手紙を一部焼いたもののほぼとってあり、公表したために世間の知れるところとなった。今なら「週刊文春」や写真週刊誌がほってはおかない大ネタで、まだパパラッチもいない時代だろうから発覚しなかったのだろうが、現代ならもっと悲劇的な結末もありえたかと思うケースである。

 さーて、火の点いたもきっつぁんのフサちゃんへの手紙の内容が凄いのなんの。引用するのも恥ずかしいけれど、その一部を(ちょっとだけよん)。「ふさ子さん! ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。何ともいえないいい女体なのですか」「あなたの写真を出して、目に吸い込むようにしてみています。この中には乳ぶさ、それからその下の方にもその下の方にも。透き通って見えます。食いつきたい!」てな具合なんですね。透視パワーかっつーの。狂おしい気持ちは伝わるけど、滑稽でもあり、もうほとんど笑いそう。(大歌人にして精神医学博士が)水着の写真を送ってくれと要求したり、ふさ子の行動が気になりアパートの見えるところに隠れて監視したり、70歳のお年寄りの歌人とふさ子が食事に行ったというのを二度とするなと怒ったり・・・それまで真面目に創作、研究に邁進し、医者としても仕事一途で恋愛の免疫がなかったせいもあるのか、いい年のジジイ(当時ならもう十分爺さんですね)が、二回り以上下のうら若き美女に狂い、今なら、セクハラ、パワハラ、ストーカー全部盛りの大暴走に走ってしまったわけです。
 茂吉はふさ子に「あなたとならどうなってもいい」的なことは言っていたのだけど、やはり自分の地位と立場があったのか、離婚はせず、ふさ子も岡山の男性と婚約し、茂吉もいったんはそれを承諾します。
しかし、それがまた茂吉を狂わせ、茂吉は「接吻はどうだったか」などと逐一婚約中の様子を報告するように常軌を逸した手紙を出し続け、また二人の関係も再燃し、結局ふさ子は苦しんだあげく、婚約を解消し、また茂吉からも遠ざかり、最終的に茂吉の家に妻輝子が戻ってきたのを機に、この恋愛沙汰は幕となります。つまり、ふさ子はファム・ファタール的な女性ではなかったので、茂吉から身を引き、かつ最後まで茂吉を慕い独身のまま82歳で亡くなりました。
 さーてさて、この一件をどう見るか。どう見ても劣情(って言葉も古いが、「欲望」「性欲」も芸がないんで)むき出しの手紙(何かと焼き捨てろというところもセコいが)だけれど、茂吉自身はこれがこの世の究極の愛たる「天地にただ二人の清浄なる交流」であると言っています。「光放つ神に守られもろともにあはれ一つの息を息づく」「狼になりてねたましき咽笛を噛み切らむとき心和まむ」の二人の合作歌など秀歌だと思うけれど、この背景の前に置くと泥にまみれたものになってしまうのでしょうか?
しかし、太宰治や壇一雄などの無頼派であれば、こんな手紙を書き、かつ焼いてくれといったりするような幼稚なことはしないでしょう。しょせん人間の感情や欲望は似たり寄ったりで、文字化され第三者の目に触れたがために劣情と定義され社会的道徳にさらされるわけで、その辺は実直に生きてきた男の脇の甘さと言われてもしょうがないけれど、作品の評価までその背景だけで見てしまうのもまたどうかなと僕は思うのですが、どうでしょうか。茂吉が煮え切らない態度で最後は保身に走ってしまった感もあるのはちょっと残念ではありますが。
 この話、別に書くつもりはなかったのですが、山形から帰って、amazonでこの永井ふさ子の本を検索したら、三人の男性がレビューを書いていて、それがあまりに面白いので、つい紹介してみたくなった次第です。
 三人とも、元は高潔で精神性の高い茂吉の歌が好きだったのに、この件を知るやガラッと態度を変え、一目ぼれした清純派アイドル・フサちゃんの私設応援団が、にっくき天敵の「山猿エロ爺」に鉄槌を食らわさんという憤りから共闘してる感じなのです。ドン・ジョヴァンニみたいなやつに騙されたのならまだ諦めもつくのに、茂吉が堅物だったことがかえって彼らの憤懣を増幅させているのかもしれません。
 まずAさんが「私なら身も世も捨ててふさ子の手を固く握り締め修羅の道でも奈落の底にでも落ちて行くことに悔いはない。そう腹を括るのに時間はいらない。文化勲章もいらない。この女(ひと)となら」と熱い純情を吐露すると、それに共感したBさんが、「マジ怒った。世に警察が存在しなかったら茂吉を殴り殺したい」とヒートアップし、最後に「小生のプラトニック・リビドーなるものの発露として永井ふさ子をぐぐっと抱きしめずにはおられない。無論小生、爺とはいえ茂吉がごときクズ爺と違い、後の全責任は命と全財産を投げ打ってでも必ず負うのです」とAさん以上にやけに具体的に真剣になっちゃってます。この方は旅行ついでに記念館に寄りこの話を知ったようで、最後は「もうダメ。茂吉記念館に立ち寄らなきゃよかった。。。もう止めます(嗚咽)」と痛恨の思いにグッタリしてます。まあ、すごいですねえ、お二人とも熱い熱い方たちですねえ、純情ですねえ(淀川長治風に)
 お次のCさんは一見冷静だけどその分析風の文の長いのなんの。基本の気持ちは前の2人と同じだけど、この人が一番執着が強いかも。まず、茂吉の行為は「歌の指導を餌にしたした体(てい)のよいかどわかし」とし、婚約したふさ子を旅行に誘い出したことについては、「仮にその一連の宿泊旅行が彼女の望みであったとしても、一般の分別ある大人であれば、彼女のそのマインドコントロールを解き、諭して、彼女が自分のしっかりした意志で婚約者のもとに帰るように介抱するのが筋だ・・・金品を巻き上げたりはしてないが、金品より大事な蜜だけ吸って女をないがしろにしたという点で結婚詐欺のようなものである・・・ダ・ヴィンチ、シェイクスピア、アインシュタイン等のごとき他と比較できぬ天才が存在するとすれば、茂吉氏は凡才の部類に止まり、よって茂吉氏には我々凡才と同じレベルの分別を持った生き方をしてほしかった」ともう「凡才」に格下げの茂吉を道徳の先生が説教してる感じですなあ。果ては後年伊東に独居したふさ子を茂吉の遺族たちが無視したことにも話は及び、「茂吉氏の遺族全体がせめて少しでも温かく遇する度量のかけらも示さなかったのは、“親を見れば子がわかる”というごとく、茂吉氏と倫理観・価値観DNAを共にする家族の必然だったのであろう」と遺族(斎藤茂太、北杜夫らですね)にまでイチャモンをつけてます。いやはやナントモ。
 長くなりましたが、男性諸氏よ、いかがですかな。貴方もこのふさ子さんの一枚の写真に引き込まれるでしょうか?貴方が茂吉ならどうされますかな?わたしにはAさん、Bさんの熱い純情の一歩先には茂吉的劣情の陥穽が待ち受けてるように思わぬでもないし、Cさんの生真面目さにも十分A、Bさんに共通する嫉妬が潜んでいる気が致します。女性の皆様には、茂吉について、それ以上に永井ふさ子についてもどう思われるか聞いてみたいところです。
 ただですね、ふさ子がもはや隠せなくなったときリスク覚悟で出版を決意したのは、茂吉への当てつけや恨みからではなく、やっぱり彼女は生涯ただ一度の恋を知ってほしい気持ちになったのではないでせうか。茂吉のことを「非常に素朴で純粋で偉い方のようでなく、子供の様のところが好きです」と言われちゃったら、外野が何を言おうと、こりゃもう勝負あったなのかもね。