2018年に本サイトに投稿した「現代温泉旅館事情」の(下)(著者リストより参照できます)で触れた山形県の銀山温泉に一昨年2024年の11月頭に立ち寄る機会があったので、その後日談として、銀山温泉の現状を通して、8年前の前論を補足するかたちでの考察を試みる。

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初めて銀山温泉へ行ったのはもう35年ぐらい前で、山の中の谷間に突然出現する木造建築群には、驚きと感動を覚えたものである。通りを歩く人もまばら、宿泊料も一番格の能登屋でも7000円ぐらいであった。

山形新幹線が新庄まで通じてしばらくした頃から、この温泉街のもっている観光的価値を発見したということなのか、じわじわ人気が出てきて、海外にまで広く知れ渡ることになり、新庄駅、いや山形駅でも観光案内所にも何か国語ものパンフレットが置かれるようになった。
前回15年ほど前に行ったときは1泊したが、そのときすでに、老若男女で溢れかえるこの温泉のまるで原宿かと思うような変貌ぶりに驚いたもので、もう来なくていいかなと思ったものである。しかし、まだ外国人はそれほどはいなかった。

今回、立ち寄ったのは雨の日だったけれど、案の定インバウンドの影響で、外国人のほうが圧倒的に多く、聞こえてくるのは中国語ばかりである。欧米系と見える観光客も多い。

宿泊しないバスツアーの団体が多く、宿泊料もいまや2~3万円。潤っている余裕を設備の改築に回しているのが見てとれる。とりわけ、通りに面した旅館の顔となる1階ロビー部分が、都会のホテルのようなオシャレに洗練された仕様になっていて、その際、郷土色は本来のものと言うより、一種の意匠として取り入れられることになる。

だから私は、もはやそのデザインはこの山形の風土とは関係ないものになってしまったなと思うのだけど、それだけ、大都市と時間的に近くなり、経済効果がもたらされている場所ではこういう「局部的な都会化」が起きるということなのだろう。もちろん、カフェやおみやげ店も増えて、いまや実態は原宿と変わらない。

雑誌「るるぶ」が発刊され、アンノン族やDiscover Japanなどによる小京都の人気は、国内に限定した旅行ブームであったが、いまや世界遺産の認定とグローバリゼーションが一体となり、世界の至る場所でオーバーツーリズムに拍車がかかり、元祖京都もいまは凄いことになっているが、小京都と言われる場所、例えば、数年前に久しぶりにいった飛騨高山も、とんでもない数の人でごったがえしており、もはや、交通が不便に思われる場所であろうが、インスタグラムやSNSで話題となり、とりわけ画像の情報が拡散されれば、もはや大都会からの遠近は関係なく、国内のどんな場所でも世界中から人は訪れることとなった。交通の不便さよりも、情報の密度が、訪問する場所の人気と観光客の密集度を決めるのである。

かつて小京都をアンノン族が闊歩したように、いまや銀山や城崎のような温泉街も同等の観光的価値を発見され、世界的観光地と化している。

本文でも書いたように、こうなると、温泉街は、一種のテーマパークとなる。ベンヤミンの「複製芸術論」では近現代のコピーの増殖によって、オリジナルのアウラが失われていくことが言われているが、さらに言えば、本物であるはずなのに、それがイミテーションに見えてしまうという現象が起きる。これもすでに触れたように、バイエルンのノイシュヴァインシュタイン城に来た女の子が「ディズニーランドみたい!」と言ったというのがまさにその逆転現象である。

新庄の東側の銀山温泉に対し、西側にある肘折温泉は、幸いまだ昔のままの風情を保っているが、これとても、何かで火がつけば風景が一転する可能性はある。

かつて、銀山温泉の藤屋旅館はアメリカ人の若女将ジェニーさんがいて、銀山の看板女将としてよくテレビなどでも話題になっていた。しかし、若旦那が隈研吾に依頼して建て替えたことをめぐり、このままの建物を維持すべきだとそれに反対だった若女将と離婚することとなり、ジェニーさんは子供を連れてアメリカに帰ってしまった。思えばそのことが銀山の変化の兆しだったのかもしれないが、何だか皮肉な話である。

先日、JTBの社長がNHKのテレビに出ていて、オーバーツーリズムによる「集中」を回避させるための「分散」の話をしていた。たとえば、京都で早朝や夜の拝観をOKとする、熊本県南小国村の人気の鍋ヶ滝を見るために起きている交通渋滞を回避するために、滝を美術館のように予約制とするといった工夫をするアイデアについて語っていたが、それは、さらにインバウンドを増やすための対策なのだそうである。今年の外国人客は3500万とコロナ前を上回ったそうだけど、目指すのは6000万だという。

どうやら、「温泉文化」は世界無形文化遺産に申請中とのことであるが、経済効果ということで考えれば、それは喜ばしいことなのかもしれないが、私には危惧もある。

「訪問」ではなく「入浴」の対象としての温泉は、習慣の違いもあり、いままでは、そこまでの観光対象ではなかった。群馬県の宝川、草津、それに続き、城崎やここで取り上げている銀山などのようないくつかの温泉は早々と人気があったが、インスタグラム等で取り上げられていない東北の秘湯などはいまだに銀山のようには人は来てはいない。

しかし、それも時間の問題のような気がする。「癒し」や「ヒーリング」を求めるのは、世界中で同じ。東京近郊で湯治に対して理解のあった四万温泉の積善館も数年前に行ったら、ゲートを設けたり、夕食時レストランの飲み物の注文を自動化したり、随所で合理化していて、それまでの温かみのあるきめ細かい対応はもはやなくなっていた。

5年後、10年後には、例えば、私がこよなく愛する八幡平の山奥のボロ宿の藤七温泉が外国人で溢れかえり、年季の入った床の傾いた建物が、瀟洒で完全冷暖房の新築になり、1泊2、3万円になることだってあり得るかもしれないのである。都会に近い場所、例えばいま挙げた四万温泉などでは気楽な1泊1万円もしなかったような湯治宿が、次々とモダンで瀟洒な1泊3万円の高級宿に変身している。

後継ぎ問題やコロナ以降の経営難等により廃業に陥った旅館を統合し、一方で大江戸温泉物語や伊東園のような低価格の宿、他方で星野リゾートや共立リゾートに代表される高級、中級宿という二極でのグループ化が止まらないが、だんだんかつての湯治やいわゆる秘湯と呼ばれる温泉地もインバウンドや富裕層向けに変わっていく予想図が見えている。四万温泉の例のように、もはや建て替える資金力も、それを借りたとしても継続する見通しも見えなくなったない個人ではなく、そこを買ったリゾートグループによる建て替えのケースも多い。

NHKの「クローズアップ現代」で取り上げていたガストロノミー・ツーリズムと言われる、日本の田舎にある高級レストランに海外の富裕層が訪れ、「その土地のものを、その土地で食べられてきたかたちで食べたい」などと言って、珍しい山菜やジビエなどをオシャレにアレンジした料理を味わっている場面を見ていると(「その土地で食べられてきたかたち」なのだったら、民宿にでも泊まりなさい)、銀山温泉の昔ながらの建物の一階のロビーが東京のデザイナーズホテルのような設えになっていることと歩調を合わせた現象であると私には思える。しかし、それによって、温泉やレストランと関連した産業(たとえば、有機農業による高級野菜の栽培、店で使うモダンな食器の伝統陶芸への依頼etc.)まで潤うのであれば、それを否定することは難しいのも理解できる。

かつて、日本の中流ぐらいまでの人々が気楽に泊まれるはずだった個性ある個人経営の宿は次々と消えていく。大きめの規模のところなら、リゾートグループに身売りして改装され、そしてそういう日本人の中間層以下の行ける宿は安価なサービスを提供する、これもリゾートグループによって再編成された経営が成り立たなくなった巨大旅館チェーンということになってしまったというわけである。そこで提供される食事はバイキングが定番とは言え、飲み放題、カラオケ付きで10000円となれば、若い家族など、ファミレス感覚でこちらを選ぶのは当然ということだろう。また、「秘湯」と呼ばれるような鄙びた一軒宿も温泉という付加価値がついて、共有する施設はそのままで、部屋を(和)洋室にリフォームして、20000円近い料金になっているところもある。

健康ブームと結びついた温泉の効果と言っても、かつての湯治文化のように、庶民の暮らしの溶け込んだ気楽に利用できるものではなくなり、例えば、洗練されたグルメなどとも結びついた、言わばそれなりに「金のかかる」ブランドとなりつつある。

そもそも、「かたち」ある古いものは壊して「新しくする=改める」ことが精神の核にあるような日本の文化であるし、長期にわたり低迷し、一向に上向かない経済状況からすれば、伝統や保存より経済効率が先にくるのは必定、私の言ってることなど、ノスタルジーとして一蹴されるだろうことは目に見えている。

果たして、この先温泉という文化がどう変貌していくのか、私にも予測できないことではあるが、幼年期から40代ぐらいまでは確実にあったようなかたちでの「温泉文化」は、もはや消えつつあるものになってしまったことは間違いないことのようである。