蘇州、懐かしい街
上海を訪ねた後、隣接する蘇州市に足を延ばした。高速鉄道で約25分、その間車窓からの眺めは一部に田園風の景色は見られるがほぼ連続した市街地である。上海と蘇州は乗り換えが必要なものの地下鉄で結ばれている。二つの都市は東京と神奈川、大阪と京都のように生活圏を共有している。
長江デルタの中心部に位置するこの街は古くから水運に恵まれ、絹織物の生産などでも栄えた。人口は大蘇州圏と言われるエリアで1295万人、市区内でも786万人(蘇州統計年鑑2024)と東京23区の人口(970万人)に引けを取らない。統計方法の違いで諸説あるものの、これでも中国国内では10位程度の“中規模都市”である。

市内には往時のままの石垣で堤を整えた運河とそれを挟んで建ち並ぶ古い町並みが残されている場所がいくつかある。
そのひとつが七里山塘である。白居易が建設を主導したと言われる運河に沿って約4キロにわたって明・清時代の建築様式による建物が続くレトロな街で、蘇州随一の観光スポットでもある。メインロードには古くからの商店もあるが、多くは観光客目当ての飲食店や土産物屋が並ぶ。漢服やチャイナドレスのレンタル衣装に身を包んだ若い女性がスマホに向かってポーズをとり、客を呼び込もうと張り上げる店員の声が耳に響く。世界中の人気の観光地で見られる光景がそのままここにもあった。

ところが喧騒を逃れて運河を渡りしばらく歩いてみると、そこは静かに地元の人たちが暮らす一角であった。白い漆喰の壁、黒い瓦屋根の平屋と2階建ての家が連続して並び、一軒一軒の家の境ははっきりしない。明らかに住宅と見える家の間にぽつんぽつんと地元の人が利用する店が点在する。私には駄菓子屋や煙草屋が小学校への通学路にあった神戸の下町の風景が思い起こされる。

大きなガラス窓に白いペンキで「髪」と大書きした店は美容院なのだろうか。近くに住む主婦や高齢女性がここで髪を整えながら、世間話に花を咲かせる光景が目に浮かぶ。布団や洗濯物を無警戒に路上に干している光景からは、ここに住む人たちの安心感が伝わってくる。漆喰の壁には苔が生え、静かに流れていくこの路地の時間を刻んでいる。

なじみの場所にいるような心地よさと同時に、見ず知らずの人の家の中に図らずも立ち入ってしまい、それを咎められたかのような戸惑いを感じる。ここは、部外者がカメラなど抱えて来てはいけないところだったのかもしれない。

中国の街の本来の姿はこのようなものではなかったのか。前日まで滞在していた上海にはなかった人が暮らす気配を感じる。ほんの数百メートル離れた場所にテーマパークのような雑踏があることを思うと奇跡のようなエリアであった。
出来れば、このままの姿をこれからも長く留めてほしいと願うのは旅行者の勝手な感傷だろうか。
フォト・ジャーナリスト 1952年、神戸市生まれ。1975年、関西学院大学経済学部卒、読売テレビ(大阪)入社。記者として警察・内政など記者クラブを担当。ディレクターとしてドキュメント番組(NNNドキュメント’83〜’86など)、プロデューサーとして報道番組(ウェークアップなど)を制作。報道局次長、コンプライアンス推進室長を歴任、2013年からBPO(放送倫理・番組向上機構)放送人権委員会調査役、青少年委員会統括調査役などを歴任。2018年フリーに。


