欧州の警戒を招いた新鋭兵器

 ロシア最大規模の軍事演習〝ザパド〟が9月14日〜20日まで、西部レニングラード州と隣国ベラルーシにまたがる広大な地域で実施された。その規模もさることながら、誇示するように投入された新兵器を、欧州は驚きと警戒の目で凝視した。アジア極東では、北朝鮮による核とミサイル開発に釘づけになっているが、グローバル世界はより多面的に動いている。

イスカンデルM
写真=発射に成功したとされるイスカンデルM 2017/9/18 © Минобороны России

 〝ザパド〟とは、ロシア語で〝西方〟を意味する。ロシアの西部方面では4年ごとに行われるが、今回は、数万人規模の兵力を動員し過去に例をみないほど大がかりなものだ。ロシア国防省によると、250両以上の戦車を投入したほか、戦闘攻撃機、爆撃機、バルト艦隊のミサイル艦など多数を派遣した。
 実は、ロシア政府はこの演習の兵力を「1万2700人」と過小に公表した(注1)。なぜなら、欧州の紛争を監視するOSCE(欧州安保協力機構)との取り決めで「1万3000人以上の軍事演習には透明性を確保する」ことになっているからだ。少数の監視団を受け入れたが、演習の全容はベールに包まれている。

 投入された兵器や車両の数などから、NATO(北大西洋条約機構)は「少なくとも10万人以上の規模」と分析した。これは戦時の兵力動員にも相当する。ロシアが積極的に誇示してみせたのが新鋭兵器だ。なかでも、欧州がもっとも警戒する新戦域ミサイルの〝イスカンデルM〟は、この演習にあわせて発射に成功したという(注2)。
 イスカンデルとは、東方世界を制覇した古代の王アレクサンダーのことだ。このミサイルの威力は、面を破壊するクラスター弾、地下を貫通するバンカーバスター、空中のレーダーを撹乱する電磁波など複合的に弾頭を装備できる点にある。「最大射程480㌔飛翔した」というが、額面通りには受け取れない。射程500㌔以上はINF(中距離核戦力)条約に違反するためだ。米政府は「潜在的な中距離ミサイル」とみなしている。
 ロシアの狙いは、欧州と極東に配備されているNATOや米軍のミサイル防衛網の破壊と無力化にある。

バルト諸国へ転移する〝西方〟の危機

 日本では、今春からの北朝鮮危機をめぐって、欧州の反応がいまひとつ鈍いとみている。だが、欧州にしても極東に匹敵する危機がある。2014年にはじまるロシアによるクリミア併合、ウクライナへの軍事的干渉である。欧州の危機は、ポーランド国境からバルト3国(リトアニア・ラトビア・エストニア)へと広がっている。
 とりわけ、ロシアの飛び地カリーニングラード州をはさんで東側のリトアニアの状況は深刻だ。米軍とNATOの駐留が強化され、国内では徴兵制を復活させ、国民向けの戦時マニュアルを配布している。カリーニングラードに〝イスカンデルK〟が配備済みとみられることから、米軍はこの7月、地対空ミサイル〝パトリオット〟をはじめて配備している。

 この地域での米軍・NATOとロシアの軍事的緊張は、エスカレートする一方だ。とりわけバルト海での双方の異常接近・インターセプト(進路妨害)は深刻である。6月にはロシアの戦闘機SU27が米軍機の1.5㍍まで近づいてインターセプトを行い、その数日後に、こんどはロシアのショイグ国防相の搭乗機がF16によって妨害されるという事態が起きた。
 ーー「ごく近い未来、NATOはロシアとの戦争に突入する」。そんなフィクションが、2016年に英国で出版され評判を呼んだ(注3)。驚きなのは、著者が2014年までNATOの副最高司令官を務めたリチャード・シレフ氏だったことだ。バルト侵攻をきっかけに世界戦争へと突入するシナリオだが、現実の世界でもロシアとの〝一触即発〟が危ぶまれる。

軍事演習ザパド
写真=新鋭のハイテク戦車〝アルマータT-14〟も投入した大規模な地上演習
2017/9/18 © Минобороны России

 いったいロシアは、どのような世界観に基づいてこのように行動しているのだろう。ロシアにとっての世界はおもに軍事面から3つに分割できる。ひとつは米国(NATOと同盟国含む)圏、ふたつに中華圏、そしてロシア圏である。ロシアにとっての〝ザパド〟つまり西方で起きていることは、欧州との間ではなく、米国との勢力圏をめぐる駆け引きである。そのもっとも危険な接点が、旧ソ連(ロシア)圏のウクライナからバルトへと転移している。

ロシアから見る〝東方〟の危機

 ロシア戦略ミサイル軍は9月20日、次世代型ICBM(大陸間弾道ミサイル)〝ヤルス RS24〟の極東へ向けた発射に成功した(注4)。1基に4〜6発の核の多弾頭を搭載できるうえ、射程は1万2000キロにも達する。
 北朝鮮が15日に発射したミサイルは過去最長の3700㌔であるが、〝ヤルス〟はロシア北西の白海をのぞむプレセツク基地から東へ6000㌔離れたカムチャツカ半島の標的に到達した。これも、米国のミサイル防衛への対抗策であって、ロシアは2025年までに150発(弾頭約900個)を配備する計画だ。

 極東のウラジオストクでは18日から、中国海軍との合同演習が行われている。中国国営の新華社は、「北朝鮮とロシアの国境に近い日本海とオホーツク海南部で実施される」と報じた。中ロの合同演習は、昨年は南シナ海、今年7月には因縁のバルト海でも行われた。どこも中ロいずれかにとって、米国やその同盟国との危険な接触点である。
 ウラジオストクというロシアの地名はそもそも、〝バストーク(東方)〟を〝ウラジ(掌握する)〟というのが語源である。ロシアにとって東方圏の安定化を阻害する要因が、やはり米国のミサイル防衛網なのだ。
 核の均衡と抑止を破るという意味で、ミサイル防衛を〝核同等〟の戦力とみなしている。日本でもミサイル防衛が強化されているが、加えて巡航ミサイルや核そのものまで検討するとなれば、ロシアはより巧妙で強大な核戦略の転換を打ち出してくるだろう。事情は中国も同じである。

 ロシアの目線では、クリル諸島(千島列島)の延長上につづく日本列島とは、米国の脅威への防波堤でもある。たとえ駐留米軍がいても、日本の政治をクッションとみている。そうした状況を一変させるように、日本が攻撃的な力を持つとすればどうなるのだろう。日本政府が「北朝鮮向けに限定された能力の強化です」と訴えても、大国のグレートゲーム(戦略的抗争)にはまればだれも耳を貸そうとはしない。

ビゴーの漫画
日露戦争当時の新聞に掲載されたビゴーの風刺画。米英に背中を押された日本が、火中の栗(朝鮮半島)を拾いにロシアに立ち向かっている

 そのとき、「よくぞ、挑発に乗ってくれた」と高笑いするのは北朝鮮かもしれない。ロシアは反発するそぶりをみせながら、本音では「われわれのゲームへようこそ」と迎えるだろう。新たなゲームを梃子(てこ)に、ロシアはいまの軍事バランスを変えようとする。脳裏に浮かぶのは、明治時代に画家として活躍したフランス人、ジョルジュ・ビゴーの風刺画である。ここに描かれているきまじめそうな〝小柄な男〟が、いまのわたしたちに重なって見えるのは、幻覚だろうか。
 うつむき加減で栗を焼いている毛皮帽のロシア人は、さしずめショイグ国防相か、それともプーチン大統領か。このロシア人にせりふをつければ、こうなる。

 「おい、ずいぶん待たせたな。ようやくこっちへ戻ってくる気になったか!」

(1) Минобороны России; Совместное российско-белорусское стратегическое учение «Запад-2017»
(2) Ракета комплекса “Искандер-М” запущена на максимальную дальность на учениях “Запад-2017″, МОСКВА 18 сентября, ТАСС
(3) ” 2017: War With Russia, An urgent warning from senior military command”, General Sir Richard Shirreff, 2016.5 Coronet Books, London
(4) Минобороны провело испытательный пуск ракеты “Ярс” с Плесецка, МОСКВА 20 сентября, ТАСС

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。著作権はすべて筆者に帰属します。© 2017 Izuru Yokomura