ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第11回 〝マリア・クラソフスカヤ〟

<これまでのあらすじ>
 江戸時代からつづく狂言師の宗家に生まれた主人公の大学生〝わたし〟が、ある講義でロシアとチェチェンの戦争のことを知る。家元であった祖父が若いころにソビエトに抑留され、不思議な縁でチェチェン人の命を救っていた。主人公はこのチェチェン人を探す旅にでる。手がかりは「ミカド」と名乗っていることだけだ。中央アジアのカザフスタンでは、ミカドの遠縁から「ミカドは戦争で死んだ」と聞かされる。ところが、情報機関は「ミカド」を名乗る人物を探しているという……。真相を確かめるために、主人公はモスクワへ飛んだ。

◇◇
 飛行機から見るモスクワの郊外は、大小の湖に船が点々と浮かんでいた。白樺(しらかば)林は緑濃くまばゆく光って、ロシア人が待望するわずかな間の夏を迎えていた。
 ところが、シェレメチボ空港から一歩外へでると、甲高(かんだか)いサイレンが耳をつんざいた。空港に常駐する国境警備隊の車が、つぎつぎに猛然と走りだしていった。
 わたしは、すっかり面食らった。空港から市内への道は閉鎖されているという。タクシーの客引きの男が教えてくれた。
 「シェレメチボの森のロックコンサートでなにかが爆発したらしい」
 このときはまだ、爆発と聞いてもぴんとこなかったが、いまなら自爆(じばく)テロだとすぐにわかる。なにしろ、それからわたしがモスクワにいる間は、2週間に1度はどこかでだれかが自爆していたのだから。

 ようやく市内のホテルにたどり着き、大人ひとりがやっと横になれるほどのちっぽけなベッドにバックパックを放り投げた。テレビのリモコンボタンを押すと、どのチャンネルもシェレメチボからの中継をしている。
 ニュースの映像はおぞましかった。それが意図的だったのか、カメラはちぎれた肉体のぎりぎりまで寄せて映していた。
 口を押さえてトイレに駆けこんだ。便器の縁を両手でつかんで、食道から逆流した黄色い酸をなんども吐いた。内臓がひきつって頭の芯(しん)からくらくらした。
 少したってから、わたしは思いだしたようにマリア・クラソフスカヤの連絡さきを書いたメモを探した。受話器を握ってそこに書かれている番号をプッシュした。
 「アロー(もしもし)……」
 やや尻あがりのアクセントの、落ち着いた女性の声だった。
 「あっ、ぼくは先生の、いえオーヤサンの紹介で日本からきたものですが」
 「オーケー。いまとても忙しいから、あなた、わたしのオフィスまできてくださる?」
 わたしが「わかりました」といい終わるのも待たずに、電話はガチャンと切れた。急いでシャワーを浴びて髪についた汚物をよく洗い流してから、黒いポロシャツをはおってホテルを飛びだした。

 大通りには銀色の巨大な宇宙飛行士の像が建っていて、近くに広い川が流れていた。すぐに地下鉄の入口を見つけた。ジーンズのポケットにねじこんだメモを開いて、マリアの新聞社の最寄りの駅を確かめた。
 プーシキンスカヤという駅の長い階段をのぼったところに公園があった。トーポリと呼ばれるポプラの並木があって、ちょうど白い綿毛のような花を散らしていた。花は風に踊(おど)って、羽毛の絨毯(じゅうたん)のように一面を覆っている。
 その公園は、ロシアの文豪の像が建てられ市民の憩いの場なのだが、いつからかスキンヘッズのたまり場と化した。そんなことは知らなかったから、わたしは公園を横切って新聞社のビルへ向かって歩いていった。
 まだ10代なのだろう、髪を短く刈った若者たちがわたしに一瞥(いちべつ)をくれた。互いに目配せをして、うわ目遣いにじろりとにらんだ。さも軽蔑するようにニヤついている。
 「浅黒い野郎!」
 どうやら、わたしに投げつけたせりふらしかった。聞こえないふりをした。そういえば、カザフスタンにいるうちに、高原地方に特有の強い紫外線にずいぶん焼かれていた。もともと濃い顔つきだから、日焼けすればカフカス系に見えないこともない。

 マリアのオフィスは、新聞社のビルの2階にあった。ロシアでもっともリベラルな新聞だった。ソビエト連邦が崩壊してすぐに創刊され、マリアはその当時からのメンバーである。極秘の調査報道を手がけることが多く、記者やカメラマンがつめる大部屋ではなく、専用の部屋が与えられていた。
 ドアは開けっ放しだった。マリアは、さきほどの公園を見おろす窓辺に立っていた。背が高く、プラチナ色の髪を肩のあたりでそろえてうしろにまとめていた。振り向くと、うす紫の繊細なつくりの眼鏡の奥の瞳がほほ笑んだ。
 「よくきたわね。わたし、ちょっと考えごとをしていたものだから……」
 さしだされた手は柔らかだった。女丈夫(じょじょうふ)を想像していたので、印象はかなり違った。
 マリアは、資料が散乱しているデスクの角に腰をのせた。うす手のベージュのカーディガンを軽く肩に羽織(はお)って、胸の前に組んだ腕の片方でほっそりしたあごのカーブを支えた。

 わたしは、いま公園で見かけた若い連中のことを「あれはなんですか?」と聞いた。ちょっと苦笑したように見えた。
 「ああ、あれね。あなた、きょうのテロ事件のことは知っているわね。爆弾を腹に抱えた自爆テロだった。その容疑者がチェチェン人だって、政府のだれかがさっそく報道させたものだから、あの連中がさっきからああやって騒いでいるわけなの」
 「そうだったんですね」
 わたしは、さきほどホテルで見たニュースの映像を思いだして気分が悪くなった。
 マリアはかまわずに話しつづけた。
 「しかも……。その容疑者が、チェチェンの女性だったというのよ。もしも本当なら、女性が自殺するテロなんて、この国でははじめてだわ。でも、いったいなぜなの? とても信じられないわ」
 マリアは、やや興奮している様子だった。これからすぐに現場へ取材に行かなければならない、といった。「あなたの相手はできない」と申しわけなさそうにして、またきてくれるよういい残した。
(つづく)

モスクワのクレムリン宮殿
【チェチェンのテロ】ロシアの南、カフカス(英語ではコーカサス)地方にあるチェチェンは、ソ連崩壊後の1994年から独立を求めてロシアと戦ってきた。とりわけ、プーチンが権力を握った2000年ごろからはロシア軍による攻撃が激しさを増し、独立派のなかでも過激な一派がテロ攻撃に手を染める。この物語の舞台である2000年代半ばまで、攻撃と報復の連鎖が過激にエスカレートしていった。
写真=ロシア大統領府があるモスクワのクレムリン ©Leonid / PIXTA

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。著作権はすべて筆者に帰属します。© 2017 Izuru Yokomura