9.11安保理決議

 ニューヨークの国連で9月11日、北朝鮮への追加制裁決議(安全保障理事会決議2375)が採択された。米国のヘイリー国連大使が当初案から大きく譲歩しただけでなく、あえてこの〝セプテンバー・イレブン(9.11)〟にあわせた決議にこだわったのも偶然ではあるまい。

北朝鮮制裁を採決する国連安保理2017/9/11
写真=制裁決議を全会一致で採決する国連安全保障理事会 2017/9/11 ©United Nations Photo

 カギを握る米中ロ3ヵ国の交渉は、前夜遅くまでつづいた。当初は石油の〝全面禁輸〟を想定していたが、ガソリンなど精製された石油は年200万バレルまで認め、原油は過去1年の実績(約400万バレル)を上限とする修正を受け入れた。それでも、これまでより3割の削減になるという。
 北朝鮮による核実験の直後に、ロシア極東のウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムでは、プーチン大統領の冷ややかな発言が際立っていた。中国は、米ロの駆け引きの静観を決めこんだ。トランプ政権の不安定さに加え、巨大ハリケーンに連続して襲われた米国は、足もとが揺らいでいる。
 ヘイリー大使は4日に招集された緊急会合から、短期交渉で11日の採決を口にしていた。自信がないのか、この日のオーラにあやかってでもまとめたいという、あせりが透けていた。

 9.11で思い出すのが国連安保理決議1368である。ニューヨークなどを襲った米同時多発テロ事件の翌12日、「テロによる国際の平和および安全への脅威に対してあらゆる手段をもちいて闘う」と宣言した。アフガン攻撃の根拠になり、NATO(北大西洋条約機構)が発足からはじめて、集団防衛を発動することにもつながった。
 いわゆる〝対テロ戦争〟のはじまりである。このときは一足飛びの軍事行動だった。2001年10月の空爆につづく緒戦こそ楽勝にみえたが、戦いはいまもつづく。今年8月にトランプ政権がアフガン増派を発表し、有志連合が事実上霧消したいまとなっては〝米国史上最長の戦争〟である。
 当時のジョージ・W・ブッシュ大統領が、イラン、イラクと並んで北朝鮮を〝悪の枢軸〟と名指ししたことは、終わりなき対テロ戦争への不安をかき立てるものだった。
 故キム・ジョンイル国防委員長は、いわゆる先軍(せんぐん)政治を対外的な瀬戸際戦術へとエスカレートさせた。米政府はその後、北朝鮮のテロ支援国家の指定をいったん解除するが、今年4月から再指定を検討している。2代にわたる体制崩壊の恐怖が、キム・ジョンウン党委員長を核の金縛りにした。

 先軍政治の暴走と国際社会の厳しい制裁から、かつての〝ABCD包囲網〟を思い起こすのは、わたしだけであろうか。
 日中戦争の時代に、はじめは及び腰だった米国を巻きこんだ英中蘭で、日本向け石油の全面禁輸と資産凍結を断行した。当時の日本の指導部は、平和のオプションは、戦争よりひどい結果を招くと考えていたのだった(注1)。だがその結末は、沖縄戦をはじめ列島の多くの都市が空爆や核攻撃によって焦土と化した。
 今回の安保理決議はこれまでで「最強の制裁」だが、北朝鮮の対応しだいでさらなる締めつけもある。〝窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)む〟ともいう。資金・人・エネルギーのあらゆる供給を絶たれれば、追いつめられた体制はさらに暴走をはじめよう。それを見越しているのが、米国に譲歩を迫ったロシアのプーチン大統領ではないかと思うのだ。

プーチンが漏らした「墓場への招待状」とは?

 プーチン大統領の古いインタビュー集のなかに、興味深い発言がある。子ども時代の思い出を語った回想である。プーチンはソ連の典型的な労働者の家庭の育ちで、幼少期は「風呂もなく、トイレもとんでもない」粗末なアパートで暮らしていた。
 インタビュアーに対し、「人生の教訓」を語った。

 「(汚いアパートの)階段の踊り場で、わたしは窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)むという言葉の意味を体験し、頭に刻んだ。わたしはよく、友だちとネズミを棒で追いまわした。あるとき、大きなネズミを見つけ、隅に追いつめた。逃げ場はない。ところが、突然、ネズミはくるりと向きを変えると、わたしに飛びかかってきた。これには驚いたし、恐ろしくなったよ」(注2)

 プーチン大統領のことを、弱者の気持ちがわかる男と持ち上げているのではない。むしろ、その逆だ。「追い詰められた者の気持ちを常に想像して行動せよ」という、独特の教訓である。
 いまの国際政治の舞台のなかで、プーチン大統領はきわだってユニークだ。ときに、哲学者のような洞察力をみせる。
 
 安保理決議の前、7日にウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムで、プーチン大統領は持論を展開して世界の耳目を集めた。ロシア極東からの報道によれば、核ミサイル開発の凍結の見返りに制裁緩和をちらつかせるのは「意味がない」と語っている。「(北朝鮮にとって)制裁解除の魅力よりも、安全保障上の危機のほうが重大である」という。

 ウラジオストク発ロイターによると、
 「北朝鮮は、核計画の中止は墓場への招待状と考えており、これに決して同意しないだろう」
 と、プーチン大統領は語っている。

 わたしには、ある悲惨なテロの思い出がよぎった。それは2004年9月1日、ロシア南部の北オセチアの学校がチェチェン武装勢力のテロリストらに占拠された事件である。チェチェンはその当時、ロシアからの独立を要求して激しい戦闘をつづけていた。テロの狙いも、人質を盾にした「独立承認」であった。
 そのとき、現場を取材して驚くものを見つけた。入学式と始業式を祝うために、校舎の正面に横断幕が掲げてあった。そこには「さあ新学期のはじまりです!」ともともと書かれていたのが、「さあ墓場への花束贈呈のはじまりです!」と赤いペンキで上書きしてあったのだ。テロリストの仕業だった。

北オセチア・ベスランのテロ現場
写真=テロ現場になったベスラン学校の体育館で献花する人々 2004/9 ©I.Yokomura

 ロシア軍の突入作戦と同時に起きた爆発で、350人以上の子どもと両親、祖父母、教師が巻き添えになって死亡した。これまでのところ、プーチン政権下で最大のテロ事件となった。
 この悲惨なできごとを、プーチン大統領は胸に爪を立てるようにしてしっかり刻みつけているはずである。
 それからいっそうプーチン大統領は、〝敗者の視点〟で考える政治家になったといってよい。追いつめられた敗者の心理を解析し、自分ならどうするかを探る。かつてのイラクやリビアの運命はもちろん、最近では北朝鮮を〝敗者の末路〟に重ねあわせているようにも読める。

 「宥和(ゆうわ)してみせるより、一貫してはねつけたほうがよい」とキム・ジョンウンは考えているだろう。いや、自分ならそう考えると、プーチン大統領は思っているのかもしれない。力による政治の放棄は、敗北を招くと知っているからだ。策をめぐらして隣国ウクライナに介入し、自らも制裁を招いている。その制裁に屈することは、政治的な死を意味する。
 もちろん、北朝鮮の追い詰め方を間違えれば、手痛いしっぺ返しをくらうこともよく分かっている。なぜなら、自分が欧米から追い詰められれば、必ずそうするであろうから。

アジアン・グレートゲームのうまみ

 プーチン大統領の思考スタイルは、北朝鮮危機のこれからを読み解くカギになる。ウラジオストクでは、かつての米中ロ日韓と北朝鮮によってつづけられていた〝6者協議〟にも言及し、「まとまりかけた対話に水を差した、だれかがいた」と、ちくりと米国を批判している。 
 その半面で、プーチンは自信にみちて、「ふたたび朝鮮戦争は起こらないだろう」とも断言した。いっさい妥協をしないかわりに、大量破壊兵器も使用しないということであろう。そのいずれに手を染めても、体制の終焉と政治的な死を意味するからだ。それが、プーチンのいう「墓場への招待状」である。

 ロシアという国には、おもに軍事面でのグレートゲーム(戦略的抗争)の視点から世界をみる習性がある。北朝鮮を含めいまアジアで起きているいくつかの危機は、いずれも米国、ロシア、そして中国のゲームの所産という考え方だ。
 時間軸を長くとってみれば、1945年までは、日本、中国、ソ連のグレートゲームだった。日本の覇権と野望を最終的に打ち砕いた米国が、新たに日韓を従えて参入してきたとみている。その利害関係の最も危ない接点こそが、北朝鮮なのである。核やミサイル技術だけでなく、そうしたロシアの世界観からも北朝鮮は少なからず学んでいる。

 このグレートゲームの要(かなめ)は、〝抗争は利益を生む〟という発想である。そのために大国の抗争のルール(作法)を知らなければならないが、プーチン大統領はたびたび米国を酷評している。ウラジオストクでも、「米国のエスタブリッシュメントは政治文化に欠ける(注3)」と批判しているのは、その文脈からも理解できる。
 〝政治文化〟の欠如だけが原因とは言い切れないが、米国は別の地域でのゲーム、つまりアフガンとイラク・シリアから手が離せない。中国は〝一帯一路〟の構想にみるように、目線はより遠くへ向けられている。一方、ロシアは利を得る機をじっとうかがってきた。それが、ロシアの〝制裁破り〟ともとれる行動の拠り所であり、プーチンの確信の源でもある。

 「制裁を受けている国に対して、別の制裁に協力してくれというのはおかしな話ではないか?」

 冗談めかしているようで、意外と本気なのではないか。現に安保理決議では米国の譲歩を引き出したうえ、採択に応じて、米朝双方に貸しをつくった。プーチン大統領は、北朝鮮危機を通じて、ロシアにとって現実的な利を得ようとしている。ウクライナをめぐる制裁はもちろんのこと、2001年9月11日にはじまる〝対テロ時代〟のグレートゲームのルールを塗り替えようということかもしれない。

(1) Nye, Joseph S., “Understanding International Conflicts: An Introduction to Theory and History”, 1999/9
(2) N.チマコワほか『プーチン、自らを語る』扶桑社, 2000/8
(3)プーチンがいう政治文化とは、ロシア的な世界観や歴史を知らずには直感的に理解できない。ざっくりいって「政治とは善悪2元論ではなく、駆け引きによって到達可能な状態」の意に近い。

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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