ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第6回 〝翡翠(ひすい)色の目の男〟

 成田空港の滑走路は霧雨(きりさめ)に煙っていた。
 ソウル経由でカザフスタンに向かうアシアナ航空機の丸窓からは、青々した田に水煙がたなびくのが見えて、やがて霞んで消えた。
 春には大学を卒業し、半年間の放浪を父に許してもらった。見送りは、母と妹だけがきてくれた。父の姿はなかった。父はけっして外国へ渡ろうとはしなかったし、楽しげな海外旅行者でにぎわう空港に近づくのも嫌っていた。

 祖父が抑留(よくりゅう)された時代にアルマータと呼ばれたカザフスタンのかつての首都は、中国と国境を接するテンシャン山脈の北麓(ほくれい)にあった。
 そこは、梅雨の日本とはさま変わりだった。雪を頂いた山並みがそびえ立ち、深い海底を思わせる紺碧(こんぺき)の空に吸われるようだった。ユーラシアの背骨の山塊(さんかい)から吹きおろす風は、心まで透きとおった青にさらしてくれる。
 満州からロシアをへてここまで連れてこられた祖父の苦難を思えば、わずか5、6時間の空の移動で着いたのが嘘のようだ。

 アルマータでは、現地の通信社で働いている男が、わたしの到着を待っていた。先生の古い友人だそうで、わたしが日本を発つ前に連絡してくれていた。男の名は、ノルベック・ヤマニエフといった。母はカザフスタン人だが、父の血筋はチェチェンであった。
 ノルベックは、空港の税関ゲートを抜けたあたりの鉄柵に腰かけ、所在なげに煙草をくゆらせていた。わたしは、大学のロゴが入ったえんじ色のトレーナーを着ていた。すぐにわたしを見つけると、煙草をもみ消し指ではじいて捨てた。流行遅れのレイバンのサングラスを眉のあたりに持ちあげて、
 「おい、君、その奇妙な服はやめるんだな」
 と、いきなりいった。
 声は低く、つねにまわりの気配を案ずる話し方をした。剃(そ)り残しの黒い無精ひげを手のひらでしごくのが癖だった。わたしはひどく緊張していたから、まだ拙(つたな)かったロシア語を使ってどのように挨拶したか覚えていない。

 いかにもソビエト製らしい古い小型車に乗るよういわれた。シートのスプリングの感触がわかるほどくたびれた車は、ボディをきしませ穴だらけの道を飛ばした。強面(こわもて)の男と愛嬌(あいきょう)のある車との対比がおかしくて、わたしの頬は思わず弛(ゆる)んでいた。
 ノルベックは、助手席のわたしの表情をうかがっていた。
 「もうひとつ忠告しておくが、そのアルカイック・スマイルもやめろ。カザフでもロシアでも同じだが、不気味な笑いはもめごとの種になるだけだ。そんなピエロのような服を着てにやにや笑っていたら、すぐに日本人だとわかっちまうだろ。このあたりじゃ、外人と知れるだけで、まして日本人というだけで危険なんだよ」
 恰幅(かっぷく)のよい腹の上にハンドルを載せて器用に切りまわしながら、そういった。わたしは面食らった。
 ノルベックは40がらみに見えた。こちらの男は実年齢より成熟しているから、実際はまだ30代ではなかったかと思う。
 ノルベックは父方の血を濃く引いて、チェチェン系らしい鋭い輪郭の顔だった。ところがサングラスを外すと、目尻のカーブがいかにも優しげで、翡翠(ひすい)のようなうすい緑の瞳をしていた。

 のんびりした草原の国を想像していたのだが、このときの街の雰囲気がどこかとげとげしいのは車窓からでも見てとれた。広い道路の辻々に、自動小銃を肩からさげた兵士が歩哨(ほしょう)に立っている。怪しげな車両とみれば、つまりわたしのような外国人が乗る車なのだが、たちどころに停止を命じていた。
 2002年の春には、アフガニスタン全土が戦場になっていた。カザフスタンに近いタジキスタンでは、アメリカが支援する武装勢力の後方陣地ができていた。中央アジアのおもな空港には米軍が進駐し、アフガニスタンを空爆する爆撃機がひっきりなしに離発着をくり返していた。
 わたしたちは、繁華な裏町の目立たない安ホテルの前まできた。すり減ったアフガン絨毯(じゅうたん)を敷いたロビーに腰を落ちつけ、ノルベックがようやく顔をほころばせた。

 「オーヤサンはいまごろ、クンドゥズあたりにいるだろう。ほら、あっちに見える山のはるか向こう側だよ。タリバーン勢力がしぶとく抵抗しているから、そう簡単には陥落しないだろうなあ……」

 ノルベックは煙草に火をつけた。地元産の葉なのだろう、スパイシーな匂いだった。オーヤサンというのは、先生の姓である。ノルベックは半年前に先生と会っている。それから先生は、隣国キルギスを通ってタジキスタンへ陸路で抜け、アフガニスタンに入ったという。

 「先生は、大丈夫でしょうか……」
 わたしがそんなふうに聞くと、ノルベックはふっと白い煙を吐いて真顔になった。
 「さあてね。しかし、彼はもっと過酷な現場を踏んでいる。君も聞いているだろ?」
 先生の話の記憶をたぐってみて、たぶんチェチェン戦争のことだろうと想像するだけで、過酷な現場という言葉の重さを実感できなかった。

 「ところで、君はなにをしにきた?」
 ノルベックはとぼけた目をして、2本目の煙草を口の横にくわえた。
 わたしはメールで伝えていたのだが、ロシア語の文章があまりに拙くて伝わらなかったのかもしれない。わたしの祖父とカザフスタンの縁と、ここで出会ったチェチェンの一家について長い話をした。
 ノルベックはじっと耳を傾けてくれた。わたしが語り終えるころに、まだ吸い残しのある煙草が灰皿でもみ消されていた。
 「わかった。君のお祖父さんの足跡をたどってみて、チェチェン人のラムザンと息子のアフマド・ミカド、ようするにバラエフ一族を探しだしたいのだな」
 わたしがうなずくのを確かめて、「手がかりは見つけてやるが、そのあとは自分で探すんだ」と、念を押すようにいった。
(つづく)

カザフスタンの狩人

【カザフスタン】ユーラシア大陸の内陸にあって、アジアでは中印につぎ3番目の国土をもつ。東は中国と接し、西はカスピ海に面する。中央には広大なステップ地帯が広がる。〝遊牧民〟を意味するカザフと〝土地〟を意味するスタンをあわせて国名にした。写真=草原の遊牧民・カザフの狩人 ©Rawpixel/PIXTA

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

*リンク先
横村出(amazon.com著者ページ)
江末壬(amazon.com著者ページ)

*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。著作権はすべて筆者に帰属します。© 2017-2018 Izuru Yokomura