第2回〝大量退職の先に〟

 六本木の摩天楼(まてんろう)のなかでも、ヒルズガーデンには目をひく意匠(いしょう)がこらされている。複雑に構成される壁面が緑色の反射ガラスでおおわれていた。いかにも繊細な美しさが、この国のいまを写していた。

 その年の春一番が吹いた日のことである。

 秋谷太郎は、セイコーの手巻きの腕時計をにらみながら、六本木一丁目駅の階段をかけあがっていた。防衛省での会議が長引いたおかげで、大切な約束の時間がぎりぎりに迫っていた。
 そのビルの50階にある帝国グループのエンパイア倶楽部(くらぶ)では、鏡のように磨きたてられた御影石(みかげいし)敷きの広間に、マホガニー材のダイニングテーブルと背もたれの高い椅子が2脚セットされていた。
 最上階の2階ぶんをぶちぬいたガラスの窓ごしに、東京の夕景の大パノラマが広がっている。

 「秋谷(あきや)君はまだかね」
 帝国建設会長でグループ最高顧問の荒垣(あらがき)が咳(せき)ばらいをした。

 「きょうは、ダイヤモンド富士がご覧になれます」
 コンパニオンの凉子(りょうこ)は、173センチの長身に丈のあるチャイナドレスをまとっている。すそからのぞくほっそりと白いふくらはぎが黒御影に映っている。巨大なガラスをおおうブラインドを上昇させると、丹沢連山の上に富士山が見えた。雪を戴いた三ツ峯(みつみね)から、ちょうど金の光背(こうはい)が放射線を放とうとしていた。

megu / PIXTA
©megu/PIXTA

 秋谷は、ファサードからビルを見あげていた。風にあおられて小紋(こもん)のネクタイがふわりと浮いた。春は浅いものの、ガラスの壁に投影される都心の夕空には霞がたなびいている。最上階へ直通の高速エレベーターに飛び乗って、スーツのボタンをひとつとめた。

 「きょうは、秋谷君はどんな用向きなんだ?」
 70歳をすぎても、荒垣には白髪一本なかった。ゴルフ焼けのせいで顔にシミはあるが、肌から精力がにじみでている。これまでの経験と人脈のすべてが、自信のみなもとであるかの風格を漂わせている。
 会長秘書役の佐島(さじま)が、眼鏡の鼻あてのあたりを押さえた。
 「なんでも、このごろ緊迫している隣国情勢について、意見交換をお願いしたい、とのことです」
 佐島はちょっと口ごもって、つけ加えた。

 「それと……。なんでも、民間企業の退職後の再雇用策についても、ぜひ会長のお考えを聞きたいそうです」
 荒垣は、ふに落ちない顔だ。
 たしかに、荒垣は大手企業でつくる経済団体の代表も務めている。役人の天下(あまくだ)りさきの世話を頼まれることならよくある。だが、なぜ防衛官僚が、企業の再雇用に関心を持つのか見当をつけかねた。

 エレベーターの真ちゅうの扉が、滑るように開いた。すらりとしたダークスーツのシルエットが現れた。秋谷は緊張を秘めるように息をひとつ飲みこんでから、落ちついた低い声を響かせた。
 「荒垣会長、お久しぶりです。こちらから面会をお願いしておきながら、このようなところにお招きいただいて恐縮です」
 「秋谷君、こちらへ。横須賀の万艦灯(まんかんとう)以来になるねぇ」
 荒垣はおだやかな笑みをたたえて、手招きしている。
 「失礼します」
 秋谷は腰を30度に折っておじぎし、快活な靴音を鳴らして歩み寄った。万艦灯というのは、海上自衛隊の艦隊が提灯(ちょうちん)や照明で飾られる帝国海軍からの伝統行事のことだ。この祭りのおりから、秋谷は荒垣の知遇(ちぐう)を得たのだった。

 荒垣は、国家総動員法(注1)が公布された1938年の生まれで、「焼け跡(あと)から裸一貫(はだかいっかん)で立ちあがった」と、自嘲(じちょう)していうくせがある。人を喰(く)ってのしあがった大器で、戦後生まれにはない魅力があった。

 「食前酒はいかがでございますか?」
 凉子が秋谷に勧めた。さりげなく掌(たなごころ)を窓辺に向けて、
 「富士山がみごとでございます」
 といった。秋谷ははっとした。佳境(かきょう)を迎えて、富士曼荼羅(ふじまんだら)そのままに山頂からすそ野へ金泥(きんでい)を流して輝いていた。チャイナドレスのすそがひるがえったのか、秋谷は一筋の風を感じた。
 足の細いグラスを軽く目線にあげて、荒垣と秋谷は乾杯した。凉子の注いだシャンパンはよく冷えて、透明なマスカット色をしている。暮れゆく夕景が、気泡のつらなりの向こうにゆれている。

 「ところで秋谷君、大磯(おおいそ)大臣はいかがですかな? 近海が緊迫しているからねぇ。古参の政治家とはいえ、安穏(あんのん)とはしておれないだろう。老骨に鞭(むち)うって、ご苦労なことですな」
 保守政治家のスポンサーとして、荒垣は政界に人脈がある。とりわけ防衛大臣の大磯とは〝焼け跡(あと)派 〟(注2)のよしみで、オレ、オマエと呼びあう仲である。秋谷を荒垣に引きあわせたのも大磯だった。
 「大臣は昼夜の別なく邁進(まいしん)しています」

 前政権から、近隣国とのごたごたが絶えなかった。どれも、小さな島の領有権がからんでいる。北端の島をめぐってはロシアが実効支配している。南端の島は日本の施政下にあるが、このところ中国がちょっかいをだして安泰(あんたい)とはいかなくなった。

 「大磯君は気骨の人だ。曲がったことを嫌っておる。このごろの中国の態度ときたら目に余る。経済規模でわが国を凌駕(りょうが)したとはいえ、手の平を返したように軍事力で威圧してくるとは、言語道断(ごんごどうだん)のふるまいじゃないか。そうは思わんかね?」
 「ご心配はもっともです。総理がおっしゃるように、力による現状変更は認めないというのが、わが国の一貫した立場ですので」

 力による現状変更とは行き着くところ戦争なのだが、そうなれば小さな島だけの問題ではすまないのは必定(ひつじょう)だった。

(注1)国力発揮のために国民や経済を統制し運用すること。国民への責任転嫁。敗戦により一転し、国民は総懺悔させられた。
(注2)作家野坂昭如の言葉。おおむね1935〜39年生まれ。戦時中に幼少期を送り、敗戦後の焦土や闇市で育った世代。

横村 出
ジャーナリスト/作家
1962年生まれ。早稲田大学の大学院で比較政治を学んでから、朝日新聞社に入って記者として働く。ほどなくロシアのサンクトペテルブルク大学で言語文化を習う。その後、モスクワやアフリカに海外特派員として駐在しつつ、いくつかの戦争や革命、テロの現場を歩いた。2010年にフリーランスへ転身する。早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームで小説を執筆する。著書に『チェチェンの呪縛−紛争の淵源を読み解く』(岩波書店)など。

*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。© 2017-18 Izuru Yokomura