第1回〝ちょーへい?〟

「すべての政府はうそつきが担(にな)っている。彼らの言葉を、真(ま)に受けてはいけない」 I.F.ストーン(注1)

 この物語は、2013年の春にはじまった……。

 鎌倉の若宮大路(わかみやおおじ)を海へ向かって歩くと、一ノ鳥居のあたりから風も光も変わる。由比ヶ浜(ゆいがはま)の汐(しお)が鼻腔(びくう)いっぱいに香って、銀色の波音に心さざめく。
 青いロングボードを自転車のキャリアにのせて、黒いサーフスーツ姿の熟年男が、がに股(また)でペダルを踏んでゆく。ふくれた腹が、縁日で売られている水風船のように弾んだ。

 「よーぉ」
 男は、だれかに親しげに手をふった。
 滑川(なめりがわ)交差点のコンビニのロータリーは、海に入る前のサーファーのたまり場になっている。ピンクの細身のラッシュガードを着た娘のほうへ、男がふらふら近寄ってゆく。向かいの交番の前に立っている若い巡査が身がまえた。
 男の顔はぜい肉のせいでアイラインが消え、どこを見ているのかわからない。目尻がだらしなくたれているから、セクハラでもやりそうな人と思われがちだった。

 ところが、その娘は、輝くような笑みで両手をくるくるふった。
 「大(だい)ちゃーん。おはよ!」
 それが娘のいつものあいさつだ。
 「よお、ゆき。きょうも元気か?」
 「やだぁ、毎日聞かないでよ。もしかして、それってボケ?」
 交番の巡査は、子どものサンドウィッチをねらっているトンビをみつけて、そちらのほうへかけていった。

anis & rove illustrations (rove image design office) / PIXTA
©anis & rove illustrations (rove image design office) /PIXTA

 その娘と男ではかなりの年齢差がある。気安いおじさん、とでも思っているのだろう。
 男の名前は田所(たどころ)たけし。あだ名を大黒(だいこく)といった。七福神(しちふくじん)の大黒天のことだ。頭を思い切りよくつるっと丸め、日焼けして小太りなところが、長谷寺に祀(まつ)られている大黒さまにそっくりだった。実は、この娘が命名したのだ。

 鎌倉のサーファーの間では、大黒はよく知られている。この正月に前期高齢者の仲間入りを果たし、65歳になった。
 娘は、秋谷(あきや)ゆき。鎌倉生まれの18歳で、地元の女子大に籍がある。大黒が波乗りの常連になったのは、ゆきが中学生のころからだ。どっしりとロングボードに収まった滑りは、まるで宝船に乗っているように思えなくもなかった。

 ゆきには、大黒の冗談がうざいこともある。
 「ゆき、おれとつきあってくれよ。冥土(めいど)の土産にさぁ」
 「ドンファンかよ? ふやけたこといってないの。まだ働けんだろ。頼むから、若い世代にだけはつけをまわさないでほしいなぁ」
 この前の衆院選で、神奈川4区から選出された〝いな村さき夫〟の選挙カーが連呼していたキャッチフレーズから、
 「若い世代につけをまわさない国!」
 というのを拝借し、大黒を黙らせるときの決めぜりふにした。この街では、4人にひとりが高齢者だ。

 「だいたいだなぁ、湘南っていうのはだよ……」
 大黒の〝湘南そもそも論〟がはじまると、ゆきの大学の先生の講義なみに退屈になるのだった。くどいところはあるが、ゆきは家で飼っていた猫のチンチラを思い浮かべながら話を聞いた。
 「おいらの世代が、いわゆる月光族(げっこうぞく)と呼ばれていたんだが。このあたりが脚光をあびたわけよ」
 「月光族って、あのホーチミンシティみたく集団でバイクに乗って騒ぐ、暴走族の元祖のことでしょ?」

 ゆきは、うまくはぐらかした。大黒の世代なら、ほんとうは月光族よりひとまわりも下だ。そのころ大黒は中学生で、月光族のお兄さんにあこがれたのだろう。ほんものの月光族はもう80歳を迎える。彼女には、50より上の世代はひとくくりだった。
 大黒は、若いころに月光族で鳴らした東京都の戸次(とつぎ)知事の熱烈なファンであった。都内に住民票はないが、知事選といえばアロハシャツをはおって新宿まで応援にかけつけていた。

 戸次知事の持論である、
 〝若者は徴兵(ちょうへい)して鍛(きた)え直せ!〟
 というスローガンに熱くなるほうだった。

 凪(なぎ)の日には、このあたりで汐端(しょんばた)と呼ぶ波うちぎわで、大黒は若者とビールを飲む。戸次の口ぐせをまねて、
 「このままでは隣の国にやられる。おいらの若いころはなぁ」
 と説教した。だがそれも、ロング缶が空になるころにはろれつが回らなかった。説教を最後まで聞いたものはだれもいなかった。

 きょうの由比ヶ浜には、元気よく波があがっている。
 大黒は、汐端(しょんばた)でストレッチに余念がなかった。うつぶせになって背筋をそらせるところなど、浜にうちあがったトドそのものだ。すらりとした手足を伸ばすゆきと間近で目があった。目尻にしわが寄ってたれた。
 エリート官僚である自分の父親にはない、いい加減に力のぬけたところがゆきはけっこう好きだった。

 「ねえ、大ちゃん。ちょーへい、ってなに?」
 「知らねぇのかよ、ゆき。へなへな男子を、軍隊、いやぁ、いまのところは自衛隊だな。そこへ入れて鍛(きた)えるのさ」
 「うざぁ……。お断りしますって、いえないの?」
 「できねぇ」

 「つーか、大ちゃんは、徴兵されたことあるの?」
 「ないよ。おいらの世代は、みんなサラリーマン戦士だったわけさ。経済成長っていう戦場で、ずっと勝負してきたんだわ」
 くすぐったげに鼻をこすった。ゆきが横顔を見つめている。天城山(あまぎさん)が蜃気楼(しんきろう)にばけて沖にゆらいでいる。大黒は目をそらした。

 ゆきの父は、防衛省に勤めている。今年で50歳だ。ほとんど家にいないから、父の話を聞くことはまれだった。そのかわり、同居している祖父の自慢話を聞かされてきた。父は横須賀の防衛大学校を首席で卒業していた。いずれ、制服組のトップに一番乗りするというのが祖父の十八番(おはこ)だった。

 大黒と父とではなんの共通点もない。ただ、いよいよ徴兵がどうしたとか、父が最近話したのをゆきはふっと思いだした。

(注1)”All governments are run by liars and nothing they say should be believed” I.F.Stone

横村 出
ジャーナリスト/作家
1962年生まれ。早稲田大学の大学院で比較政治を学んでから、朝日新聞社に入って記者として働く。ほどなくロシアのサンクトペテルブルク大学で言語文化を習う。その後、モスクワやアフリカに海外特派員として駐在しつつ、いくつかの戦争や革命、テロの現場を歩いた。2010年にフリーランスへ転身する。早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームで小説を執筆する。著書に『チェチェンの呪縛−紛争の淵源を読み解く』(岩波書店)など。

*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。© 2017-18 Izuru Yokomura