ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第51回 〝最後の復讐〟

 戦争の勝利の方程式のひとつに、敵は情報から遮断(しゃだん)し、味方の情報は管理せよというのがあることは、こちらへきて知った。
 チェチェンでは、まっさきにテレビやラジオの放送局が爆撃を受けた。電波塔はもちろん破壊された。めぼしい印刷工場がつぎつぎ閉鎖され、出版ができなくなった。ジャーナリストは拘束され、協力しなければ投獄された。
 情報が失われた人々は、さまざまな流言飛語(りゅうげんひご)に惑わされる。恐怖や疑心にとりつかれて混乱し、社会が解体してゆく。さらに工作員が巧みにねつ造したデマが、それを増長させるのだった。

 アマンの家でも、チェチェンの地元メディアは壊滅していたから、ロシアのラジオニュースを聞くしかすべがなかった。電波が強いのは、チェチェンの西方にあるウラジカフカスという街からの放送だった。
 キッチンの壁に、赤いプラスチックの小型ラジオが取りつけられていた。ソビエト時代に配給されたもので、まだ十分に役立っている。
 いつもの朝、アマンはなにげなくラジオのスイッチを入れた。

 「学校がテロリストに乗っ取られています……」

 なんのことか理解できなかったが、音楽を中断してニュースを流しているから大事件であろうと思った。しばらく耳を傾け、アマンは掌(てのひら)で口を覆った。
 アナウンサーが、このテロのメンバーの名前を読みあげていた。
 「ホドフ、コズエフ、クラエフ、ミカド・バラエフ……」
 「なんてこと……。まさか、なにかの間違いでしょう」
 アマンの声を聞きつけ、わたしとノルベックがキッチンに駆けこんだ。わたしたちはニュースに聞き耳をたてた。アマンはラジオに背中を向けて、スープを煮ながらつぶやいている。
 「ロシアがまたデマを流しているのよ。戦争になってから嘘ばっかり」
 アマンは、息子のミカドがモスクワのテロに関わっていたことは、まったく知らされていない。テロなど起こす子じゃないと、固く信じているのだ。ラジオは現場からの実況に切り替わった。中継の音声にまじって銃を発砲する音が聞こえている。ねつ造の効果音にしてはできすぎだった。

 ノルベックがいった。
 「おい、これは大変だぞ。モスクワの劇場テロよりもずっと大がかりだ。あのとき殺された仲間の復讐(ふくしゅう)だろうか。なにが起きるか、わかったもんじゃない」
 モスクワの劇場では、テロに加わった黒い寡婦(かふ)と呼ばれる女性たちの射殺体が、当局によって見せしめのように公開されていた。これが、過激派の怒りを増幅させていた。
 わたしは、よく状況がつかめていなかった。ウラジカフカスの近くの村の学校が、テログループに占拠されていることだけはわかった。
 「ノルベック、ラジオの早口なロシア語が聞き取れないんだ。説明してもらえないか」
 「ああ。現場は北オセチアだ。知っているだろうが、ロシア人の入植者が侵略した土地で、住民はほとんどキリスト教徒だ。そこの村の学校でいま、1200人の子どもや教師が人質に取られている」

 「それで、ミカドはテロに加わっているのか?」
 「わからない。ただし、FSB(フェーエスベー)に内通したロシアのメディアが、テログループのメンバーを公表している。おそらく当局のリークだろう。どういう狙いかまだわからんが、いよいよジャマート派を一掃するつもりじゃないか」
 ジャマートというのは、北カフカス地方に根ざすイスラム共同体のことである。原理主義の影響を受けた厳格な組織だったのが、ロシアとの戦争によってしだいに過激化した。15歳以上のムスリムなら男女の別なく入会でき、イスラム教育だけでなく軍事教練もする。最近では、戦争で家族を失った多くの女性たちが加わるようになっていた。
 ところが、ジャマート運動が広がって多額の資金が必要になると、さまざまな腐敗がはびこるようになった。麻薬の栽培、原油の盗掘、あげくは身代金めあての拉致(らち)監禁……。稼いだ金は、武装勢力の資金源に流用された。
 ミカドが属しているアミールの部隊はかつて、このジャマートの創設に深くかかわっていた。だが、ヨルダンからきたアラブ系の過激派に牛耳られるようになってから、アミールはジャマートとは疎遠になっているはずだった。

 もしもミカドがこのテロに加わったとしたら、その理由はただひとつ。甥(おい)のマゴメドを殺されたためであろうと思えた。おそらくミカドは、子どもを失うかもしれない恐怖を、ロシアに知らしめようとしている。

 わたしは、ノルベックに持ちかけた。
 「とにかく、確かめに行かないか? ミカドが本当にテロに加わっているのか。もしそうだとしても、なんとか離脱させられないだろうか」
 「よし、そうしようじゃないか」
 アマンは、このニュースは嘘に違いないと思いこもうとした。「のこのこでかければ、また捕まるから」といって、引きとめようとした。だが、わたしたちはどうしても行かねばならなかった。最悪の事態が起こりそうな予感がしていた。その日のうちに、羊毛を商うミカドの兄のトラックで、現場の学校の近くまで連れて行ってもらうことにした。ミカドを心配した兄嫁が夫を説得してくれたのだった。
 わたしは、たぶんこれでアマン一家との別れになる気がした。アマンの孫のザーレマを抱きあげて頬ずりした。アマンと嫁が戸口で見送っている。アマンはやはり、ミカドのことが気がかりでしかたなかった。

 「もし、なにかわかれば知らせてちょうだい」
 「はい」
 「それから、これをお持ちなさい。きっとあなたを守ってくれるでしょう」
 そういって、アマンはわたしに、あの古びた日の丸の鉢巻きを握らせた。バラエフ家に大切に残されていた祖父の遺品だった。それと、自分が養蜂(ようほう)してつくったひと瓶のハチミツを持たせてくれた。
 「さようなら、神のご加護がありますように……」
 「あなたも。マッサラーマ!」

 丘をくだる長い坂道から、わたしはなんども振り返った。アマンはいつまでも草原に立って、ずっと手を振っていた。
(つづく)

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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