ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第49回 〝シャミール・ミカドの帰還〟

 ミカドが現れたのは、それからすぐのことだった。

 家の玄関口で、アマンが叫ぶのが聞こえた。
 「シャミール!」
 わたしは息がとまるかと思った。部屋のソファから飛びあがった。
 ミカドの低い声が聞こえた。
 「母さん、ただいま」

 シャミール・ミカドは、ゴアテックスの迷彩服を着て、黒いベレー帽をかぶっていた。太い革ベルトを肩からかけまわして、腰に短銃を帯びている。右の二の腕のあたりに、金色の日の丸を描いたスカーフを腕章のように巻いている。

 「おまえ、やっと帰ってきたんだね……。いったいどこへ行ってたんだい? もう一年も顔を見せないで。母さんを心配させて、悪い子だよ」
 アマンはすっかり涙もろくなっていた。小さくなった母の背を優しく抱きしめながら、ミカドが耳もとでそっと尋ねた。
 「なにか悪いことでも?」
 「ああ、悲しい知らせがある。マゴメドが殺されたんだよ」
 「……」

 ミカドは色白で亜麻色(あまいろ)の肌をして、目は琥珀(こはく)のようだった。オオカミの目をもって生まれたといわれた。その肌色がほのかに紅潮して、遠くを見るようなうすい金色の瞳になった。
 「シャミール、怒っているんだね。お願いだから無茶なことはしないで。もしもおまえまで失ったら、母さんはどうしたらいいんだい?」
 だが、ミカドの狩人の目にはある決意が浮かんでいた。左の手首に巻いた革の編み紐(ひも)を右手で触っている。むかし、ミカドの先祖がカフカスの山中で仕留めたオオカミの牙(きば)を結んだお守りだった。牙に紐をとおして肌身離さずつけていた。

 「家にお入りなさい。珍しいお客さんがきていてね。きっとびっくりするから……。さあ、さあ」
 アマンは、幼子の手を引くようにミカドを連れてきた。わたしとノルベックは部屋の戸口のところに立って、母と息子の様子を見守っていた。

 ミカドはわたしの顔をまっすぐに見ていった。
 「アッサラーム!」
 琥珀の瞳のなかに吸い寄せられるようだった。同い年なのにずいぶん大人びている。わたしはどぎまぎした。
 「ワアライクム」
 胸に手をあてるしぐさをして、「あなたの上にも平安あれ」という意味の覚えたてのアラビア語で返した。
 ミカドは、柔らかくほほ笑んでいる。
 「君はロシア語なら話せるそうだね。アミールから聞いたよ。はるばる日本から会いにきてくれたんだ。とても嬉しいよ。ここは良いところだろ?」
 「ああ、君のお母さんはとても優しい。みんないい人たちだ。それから、カフカスの山は、気を失うほど美しいよ」
 「綺麗(きれい)なのは、自然だけじゃないだろ?」

 ミカドには茶目っ気もあった。ミカドの美しい兄嫁が、ひとり娘のザーレマを連れてきた。ミカドは、寂しげな兄嫁をしっかり抱きしめた。
 「姉さん、なんていったらいいのか。マゴメドのことはお気の毒でした」
 兄嫁は声をつまらせ、気丈(きじょう)さを装っていた。
 「わたしは大丈夫よ……。お母さんが気遣ってくれるから」
 「兄さんは? なかなか戻れないの?」
 「仕事が忙しくて、めったに帰れないのよ」

 ミカドの兄は、ベデノ村で飼われている羊の毛をグロズヌイの問屋へ卸す仕事をしていた。グロズヌイからロシア各地へ出荷されるのだが、戦争のおかげで流通が寸断されたうえ、チェチェンの特産品の不買も起きていた。このごろでは自ら危険を冒(おか)して、トラックを運転してロシアへ輸送していた。
 その兄とは、ミカドは折りあいが良くなかった。
 兄はまじめな商人だったから、そもそも暮らしが成り立たなければ独立など無理だと考えていた。戦争のせいで社会が破壊されれば、いずれどこか豊かな国に隷属(れいぞく)することになる。経済的に自立することが先決だといって、戦争中でも村の貴重な現金収入のために奔走(ほんそう)していた。

 ノルベックは、中庭で焚き火の用意をしている。
 山岳遊牧民のDNAなのであろう、チェチェンの人々は祝いごとがあれば雄大な山を借景にして野外で宴を開くのである。外は冷えてきたから、ノルベックはひと晩焚くのに十分な薪(まき)を集めて積んでいた。
 まっ赤な太陽がカフカス北嶺に隠れるころ、アマンと兄嫁の心づくしの料理が運ばれてきた。とうもろこしと小麦を擦りつぶして山羊のチーズをまぜて焼いたパンが香ばしい湯気を立てている。アマンは満面の笑みである。
 「さあ、召しあがれ」
 ミカドは、好物の羊の肉を串に巻いたシャシリクをほおばった。
 敬虔(けいけん)なムスリムのミカドは酒を飲まない。わたしもノルベックも、この家のだれも酒を飲まなかったから静かに話すことができた。

 焚き火を映したミカドの瞳は、琥珀の濃さを深めている。
 「君のお祖父さんが、おれの父さんの命を助けてくれたのだったね?」
 「ああ、そうらしい。祖父はむかしカザフに抑留されていた」
 わたしとミカドの会話を聞いて、ノルベックがうなずいている。ミカドは久しぶりの母の手料理に心が緩んだのか、饒舌(じょうぜつ)になっていた。

 「君のお祖父さんの写真を見たことがある。ひげをはやした立派な軍人だね」
 「戦争中は医者だった。それで君のお父さんを救うことができた。むかしの日本人には威厳(いげん)のある人がたくさんいたし、祖父もそうだった」
 「父から聞いたことがある。日本人はロシアと戦争したんだって?」
 「日露戦争のことだね。たくさんの犠牲を払って、なんとか日本の独立を守ることができた。あの時代の日本人には、独り立つ気概(きがい)があった」
 「いまはないのか?」
 「第2次世界大戦では負けた。ぼくの祖父も、ソビエトに連行されたんだ。中国の東北部で孤立した祖母は亡くなり、父は孤児になった。あの戦争の経験から、日本人は変わったんだと思う」
 「それでいまは、アメリカべったりになったのか?」

 ミカドは、イスラム原理主義の薫陶(くんとう)を受けていたから、アメリカのような世俗にまみれた国を忌み嫌っていた。
 「それも、独立を守るための選択だった。経済を強くしなくては、国として自立することだってできやしない」
 「そうか。君は、おれの兄貴と同じようなことをいうんだな」
 「君はどう思うんだ?」
 「おれは、たとえ貧しくとも完全な独立を選ぶ。さもなければ、いつか魂まで腐りきってしまうだろう。ロシアに隷属したせいで、純粋なイスラムが失われたんだ。堕落(だらく)した連中が、チェチェンに腐敗と汚職を持ちこんでいる」
 「……」
 ミカドの瞳がまた、オオカミのようなうすい色に変わっていた。
(つづく)

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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