ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第37回 〝独房の月明かり〟

 連れていかれた個室とは、独房のことだった。4畳ほどの広さの房が向かいあわせに並んでいる。ドアに小さな格子窓がついて、高い位置に天窓があった。内務省軍の獄屋に比べればかなりましだった。

 案内した看守は、わたしの独房のドアには鍵をかけなかった。
 「あなたは囚人ではなく、ゲスト待遇と聞いております。ここからでるときには、あの廊下の突きあたりに看守がいますから、必ず断ってください」
 「ありがとう」
 わたしは、独房のベッドの端に腰をおろした。小さな天窓から、群雲(むらくも)を割って地上へと伸びる赤光(しゃっこう)が見えた。

 とうとうたらり たらりら……
 渚(なぎさ)の砂(いさご) 索々(さくさく)として朝(あした)の日の色を朗(ろう)じ
 瀧の水 冷々として夜の月あざやかに浮かんだり

 謡曲(ようきょく)の翁(おきな)の詞が、胸をついてあふれでた。
 わたしは光に導かれて立ち、両袖(りょうそで)を広げて舞った。むろん錦(にしき)の狩衣(かりぎぬ)ではなく、紺色の囚人服ではあったが……。
 「おまえはなにかに怒るように舞う」と、父にいわれたのを思った。もはや怒りはうちに秘めた情念に変じ、愚かさは澄明(ちょうめい)な心へ変化していた。

 ひとさし舞い終えると、おのずと涙がこぼれ落ちた。
 「万歳楽(ばんぜいらく)……」

 わたしはいったいだれのために舞ったのだろう。祖父たち抑留者も、こうして過酷な収容所暮らしを強いられたに違いない。思いを残して落命(らくめい)した人々への鎮魂(ちんこん)……。あるいは、霊妙(れいみょう)な光線に心うたれこの土地の霊を鎮(しず)めて平安を祈ったのか……。

刑務所
© aoisora/PIXTA

 ノックの音がして、看守が独房に入ってきた。没収された衣服を渡され、囚人服から着替えるようにうながされた。食事は6時から、と告げていった。

 わたしは、独房のある建物から表にでてみた。そこは、想像をはるかに超えた広大な基地だった。外へのゲートが厳重に封鎖されているのはもちろんだが、内務省軍、国防省軍、FSB(フェーエスベー)特殊部隊とそれぞれに区画されている。
 ちょうどそのまんなかあたりに、一見してロシア正教の教会とわかる小さなお堂が建っていた。

 ロシアの寒村にでもあるような粗末な木組みの小屋である。屋根の上に檜皮葺(ひわだぶき)のクーポルと呼ばれる丸い塔がのっていた。これは、天国へ昇ってゆく祈りの炎を象徴していると、どこかで聞いたことがあった。
 頬に紅色がのこる新兵たちが、入れ替わりやってくる。イコン画の前に燈明(とうみょう)をあげてから、豆本ほどの祈祷(きとう)書を開いて祈りを捧げている。アマンの孫のマゴメドを射殺したのと同じ歳ごろのロシアの若者たちであろう。神の加護を求めているのか、それとも罪の許しを願っているのか……。

 「神の子よ、罪人のわれを憐(あわ)れみたまへ。憐れみたまへ」
 若者の祈りは短く、なんどもくり返して呪文(じゅもん)のように唱えられた。聖母子を描いたイコンを見つめるまなざしは真剣である。蝋燭(ろうそく)を手に持って、固まったように動かない者もいる。殺さなければ殺される戦場にあって、殺すことへの許しと憐れみを求める祈りは虚(むな)しかった。

 ベデノのモスクの焼け跡で、アミールはなにを祈っていたのだろう。血の復讐(ふくしゅう)と、やはり殺すことへの許しであったろうか。
 わたしはひとり、なんども心のうちにつぶやいた。万歳楽(ばんぜいらく)、万歳楽……。この土地に生きる者たちに平安あれ、と。

 とぼとぼ歩いていると、娘の声がする。
 「あなた、正教徒なの?」
 基地のなかでは女性を見なかったので、少し驚いた。20代なかばの若いチェチェン人であった。黄色い蛍光色のベストを着て、重そうな帆布の洗濯袋をふたつ引きずっていた。
 「いいえ、ぼくは仏教徒です」
 「え?」

 花柄のスカーフをすっぽりと巻いているものの、青い瞳をして目もとの涼(すず)やかな娘だった。
 「あなた、さっき独房からでてきた人でしょう? わたしはあそこで働いているのよ。仏教徒って、カルムイクから?」
 「日本からです」
 娘は、きれいにそろった白い歯を見せてはじめてほほ笑んだ。
 「日本……。すてきな国なんでしょうね」

 わたしたちは、しばらく立ち話をした。娘は名をミリアムといった。実家はグロズヌイの雑貨商だったが戦争で商売ができなくなり、やむなくロシアの基地で下働きをしていた。美しい娘だったから、ここでは薔薇(ばら)の一輪のように目立った。うぶな新兵から告白されることもある、といった。
 「でもね、わたしはムスリムとしか結婚しないの」
(つづく)

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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