ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第36回 〝日本語を使うスパイ〟

 尋問室のドアを強くノックする音がした。
 「だれだ?」
 「コズロフ伍長(ごちょう)であります!」
 「ジーマか。入れ」

 ジーマ・コズロフというのは、わたしの服を剥ぎとった兵士だ。さきほどとは顔色が違っている。尋問官の耳もとになにかささやいて、茶封筒を手渡した。
 尋問官はわたしに向き直った。驚きの色が浮かんでいる。

 「おまえ……。日本人だったのか?」

 調書を書き記すノートをぱたりと閉じた。それから封筒を開けた。金の菊花模様が箔(はく)押しされた赤いパスポートを、ぽんと机の上に置いた。
 「これは、君のものだな。ジャンパーの裏地に縫いこんであった」
 「……」
 「残念だが、おれの尋問はおしまいだ。これからは、FSB(フェーエスベー)が君を調べるそうだ」

 尋問官は椅子から立ちあがり、伍長に「連れて行け」と命じた。
 兵士に両腕をとられて建物の外へでた。こんどは、うしろ手に縛りあげられることもなかった。その基地は広かった。内務省軍から離れた別の区画に、〝対テロ統合本部〟という金色のプレートを掲げた建物があった。

 そのゲートで、わたしの身柄はFSBに引き渡された。
 フェーエスベーという3文字は、カザフスタンやモスクワで監視されている人々にとって悪魔の代名詞だった。わたしには得体の知れぬ影のようなものだったのが、いまこうして目の前に正体を現そうとしていた。

◇◇

 「ようこそ、グロズヌイへ」
 わたしは自分の耳を疑った。その男は、流ちょうな日本語を話したのだ。

 こざっぱりした明るい執務室で、ほほ笑みを浮かべている。内務省の尋問官と違って、開衿(かいきん)の制服を着て黒いネクタイを締めていた。
 男は握手を求めてきた。ふにゃりとした柔らかい手だった。
 「はじめまして……」
 おずおずと、わたしは半年ぶりに日本語を口にした。

 「こんなところで、まさか日本のゲストに会えるとはねぇ。本当に驚きましたよ。あちらでは不愉快な思いをしたかもしれませんが、どうか気になさらないでください。なにしろ、ここはグロズヌイなのですから」
 そういって、男は内務省軍のいる建物のあたりを指さした。日本語のアクセントが微妙にずれるだけで語法は完璧だった。
 わたしが大学で習ったロシア語の先生は、ソ連の崩壊後に帰化した女性だった。「ソ連には多言語を操る世界でもっとも優れた人材がいます」と自慢していたのを思いだした。そのわけは、諜報(ちょうほう)活動のために言語を学んでいるから、とも教えてくれたのだった。

 男は、ニキータ・シャバルキンといった。
 「ロシア語は難しいでしょう? でも、あなたはずいぶんお上手だ。内務省のまぬけな尋問官が騙(だま)されたほどだから、たいしたものです。ただ、あなたの発音にはちょっと女性の匂いがしますね。たぶん、ロシアの女性から習ったのではありませんか?」

 笑みを絶やさずに、とうとうと話した。
 「言葉がおわかりなら、グロズヌイのいわれは知っているでしょう?」

 それが、シャバルキンの最初の尋問であった。
 グロズヌイというロシア語は〝恐るべし〟という意味だ。その残虐さで歴史に名を残すイワン雷帝(らいてい)のあだ名にちなむ。カフカスの覇権(はけん)をめぐってイスラム世界と争ったロシアが、この地に要塞を築いたのが侵略のはじまりだった。16世紀からずっと、多くの血がここで流されてきた。
 「はい、知っています」
 「それはよかった。ならば、従順になることですな。あなたのように賢い日本のゲストを、怖い目にあわせたくはありませんからねぇ」

 わたしが日本人と知って扱いが変わった。カルムイク人ではないのだから内務省が手を引くのはわかる。だが、どうやら、このシャバルキンの頭のなかには巧妙な計算があるようだった。いまやわたしの命運は、恐るべきロシアの情報機関の手中に落ちた。油断ならなかった。 

 「ここには、じつにいろんな外国の方々がくるのですよ。なかには、ずいぶん風変わりな者がいましてね。ついせんだっては、ある国の若者を捕らえたのですが、こいつが戦場まで入ってきてビデオカメラをまわしていた。なにを撮影していたと思います? 死体ですよ。マニアなのですなぁ」
 「……」
 シャバルキンは、おおげさにため息をついた。
 「きょうはもう疲れたでしょうから、個室でお休みなさい。あとで迎えをやりますから、夕食をご一緒しましょう。いいですね?」

 そういうと、ぽんと手を叩いて秘書を呼びいくつかの指示を与えた。(つづく)

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。著作権はすべて筆者に帰属します。© 2017 Izuru Yokomura