ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第32回 〝武装勢力の首領〟

 ベデノ村の男たちのうち、逃げきれなかったものはみな、ロシア軍に連行されていった。数日して、男たちが変わりはてた姿で村の墓地に捨てられているのが見つかった。どこからかトラックがやってきて、覆面をした人物が荷台に積みあげた袋ごと投げていったのだった。

 村の女性がつぎつぎに集まってきた。濃い緑色の屍体袋のジッパーを恐るおそる開ける。女たちはくずおれ、慟哭(どうこく)が渓谷に木霊(こだま)してゆく。どの亡骸も全裸のままで袋づめにされ、体に激しい拷問の傷あとが残っていた。
 あの親切で信仰深かった長老は、額を撃たれた無惨な姿で、モスクの残骸のなかに倒木のように転がっていた。

 ロシア軍は、この村に怒りをぶちまけていった。あたかも、凶悪なテロリズムへの復讐で沸騰するロシア社会の代弁者のように振る舞った。だが、チェチェンでのロシア軍の悪辣(あくらつ)な行いも、テロリズムそのものであった。
 村の埋葬地には、新しい墓標の列が加えられた。そのなかには、6歳で命を奪われたマゴメドの墓もある。黒いスカーフで全身を覆って喪に服する女性たちばかりが、村の辻のあちこちを彷徨(さまよ)っていた。

家族の遺体を探すチェチェンの人々
【写真】グロズヌイの郊外15キロにある村で、行方不明になっている家族を探すチェチェンの人々。ロシア軍に連行されたあと死亡したチェチェン人の多くは、墓場や学校のグラウンドに掘った穴に遺棄された。軍が去ってから、大勢の村人が集まって捜索が行われていた。2004©Memorial

 アミールの部隊が村に姿を現したのは、それから数日後の朝だった。

 剣のように並び立つ4000メートル級の山々には、鋭い切(き)っさきが純白の雪で清められる季節が訪れていた。50人ほどの無骨な男たちの一団が、アマンの家の裏山の方角からぞろぞろとおりてきた。
 みな、黒々したひげを両耳からあごにかけて長く伸ばしている。濃い緑と茶色のぶちの野戦服を着て、重そうな軍靴(ぐんか)を響かせていた。大きな背嚢(はいのう)をしょって、自動小銃AKを肩からさげている。闇市場で調達したのであろう、携帯型のロケット砲を抱えている男もいた。

 アマンは家の外へでている。もしや、末息子のミカドが帰ってきたのではないかと思っているからだった。わたしも、アマンと一緒に立っていた。
 男たちはわたしの前を通りすぎてゆく。
 「スラマレイクン!」
 野太い声で、口々にそういっている。アラビア語で「こんにちは」という意味だ。厳しい顔つきのままで、村のモスクのほうへ歩んでいった。

 わたしは男たちのあとを追った。破壊されたモスクのところで、井戸水を右手で掬(すく)って口をすすぎ、掌(てのひら)で頭をぬぐって浄(きよ)めた。それから天井が抜け落ちたモスクのなかで、瓦礫(がれき)だらけの床にひれ伏してサラートと呼ばれる礼拝をはじめた。
 ベデノの村人が家々からでてきた。祈りに唱和する声が広がった。
 「アウズビラッヒー……」
 わたしにはわからない言葉だった。村では中年以上の人はロシア語を話したから、村人にその意味を尋ねた。ある老人が通訳をしてくれた。
 「あれは、サタン(悪魔)の攻撃から守られるよう祈っているのだ。われらを正しい道へ導いてください、とな」

 わたしは、男たちの一団に目を凝(こ)らした。アマンが見せてくれたアルバムの写真の記憶を頼りにミカドに似た顔を探したが、それらしい人物はいなかった。
 男たちなかに、ひときわ目を引く人物がいた。黒く艶(つや)めいた髪の毛が肩まであって、口のまわりに縮れたひげをたくわえている。野戦服の腰には、アラビア文字を象眼(ぞうがん)した銀色のバックルをつけている。そして、チェ・ゲバラを思わせる黒のベレー帽を斜(ななめ)にかぶっていた。
 老人がささやいた。
 「あの男が、アミールだ」

 アミールは祈りの儀式を終えると、集まった村人の前に立った。剣を抜かずして斬(き)る武人の気迫が漂う。人々が思わずあとずさりするほどである。だが、輝く黒曜石(こくようせき)のように鋭い眼光に刺されると、村人たちはその場に釘づけになった。
 低い声で話しはじめた。
 「わたしの故郷で大きな悲劇がおきた。血の涙をインクにして紙に書きつけようとしてもできないほど、男も女も、子どもたちもみな殺された。やつらをこのまま許しておくわけには、いかない……」
 大きく見開かれた目から、涙がこぼれ落ちた。

 黒いベールをまとった女たちが、胸をたたいて泣いている。男たちは叫びはじめた。
 「血の復讐(ふくしゅう)を! アッラーに身を捧げよう!」
 熱狂の渦はしだいに大きくなって、群衆は銃を天に向けて発砲しながら集落を練り歩いていった。(つづく)

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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*Bee Mediaに掲載される筆者の記事は個人的見解に基づいて書かれています。著作権はすべて筆者に帰属します。© 2017 Izuru Yokomura