ジャーナリスティック・ノベル『剣(つるぎ)ノ舞』
第30回 〝奇襲〟

【これまでのあらすじ】〝ミカド〟を名乗る人物を捜してモスクワまでやってきた主人公は、チェチェン人マフィアのボスに奇妙な約束をさせられてしまう。「ミカドが現れる場所まで行って待て」というのだった。その指示どおりに、モスクワから南へ鉄道の旅をしてカフカス地方にたどりつく。さらに険しい山を越え、目指す村まであとすこしのところでロシア軍に襲われた……。

 翌朝、わたしが目覚めるよほど前に、アマンはベデノ村の若者数人をハラチョイ峠へやって、あの男の遺体を運ばせた。その日のうちに、小さなモスクの裏手にある墓地に、男の亡骸(なきがら)は丁重に葬られた。

 わたしも、埋葬に立ち会った。墓地を見渡して驚いた。真新しい墓標ばかりずらりと立っている。顔写真を石に転写して刻んだ墓石を確かめると、どれも若い男ばかりだ。きのう、峠で殺された男がもしや自分の縁者ではないかと、多くの村人が遺体を検分していた。この光景は、村では日常茶飯事と聞いた。そのだれもが、ざわざわして落ち着かなかった。
 というのも、きのうロシア軍が姿を見せたということは、このあたりで掃討(そうとう)作戦があるのではないかと怖れたからだ。ベデノは、チェチェンの独立のために戦う勢力のなかでも、最強硬派の拠点だった。そのリーダーは、人々からは〝アミール〟と呼ばれる人物だった。ベデノから南の渓谷へ入ったところの寒村の生まれで、30代なかばの年齢である。
 ロシアの情報機関FSB(フェーエスベー)は、アミールの身辺を徹底して洗った。そのために特殊部隊をたびたび送りこんでは、集落はもちろん、谷筋のひとつひとつまで徹底して捜索していた。

 モスクには、長老を囲んで村の男たちが集まっていた。
 長老は、長く伸ばした黒ひげにさわっている。わたしを手招きして村人たちに紹介した。
 「この日本からの客人の話では、ロシアの攻撃ヘリは2機だったそうだ。おそらくは、渓谷の偵察をしていたのであろう。そこで、怪しいトラックを見つけたという報告はすでに、グロズヌイの司令部に届いたはずだ。とすれば、ロシア軍はおそらく、もう一度やってくる。間髪(かんはつ)を入れず攻撃してくるだろう」
 年配の村人がいった。
 「モスクワで大きな事件が起きたことは、みなが知っているだろう。どうやらロシアは、それをアミールの企(くわだ)てとみているようだ……」
 長老が咳ばらいした。
 「そのようなことを、軽々しく話してはならない。シャヒード(殉教者)のために祈ろうではないか」
 「ですが長老、グロズヌイは空爆でめちゃめちゃに破壊されたというじゃありませんか。いずれ、アミールを追ってここにもロシアのやつらがきたら、どんな目にあわされるか……」
 長老は冷静だった。
 「女たちは安全なところへ避難させるのだ。もしロシア軍がやってきたら、男たちはこのモスクに集まってくれ。わたしがやつらと交渉しよう」
 村人は沈黙し、考えこんでいる様子だった。

◇◇

 それは、午前8時前だった。
 北の方角から、緑灰色の迷彩に塗装されたヘリコプターの編隊がバラバラという音を響かせ一列に飛んできた。川筋をたどって村に近づいてくる。狩りをするハイエナのように、機首は低くさげている。風を切るローターの爆音が山々に反響し、聴覚が攪乱(かくらん)され音のする方角がわからなくなる。
 10機はいるであろう。ベデノの村に近づくと一斉に散開した。獲物を追い立てるために、外縁から旋回しはじめ、中心へと輪を描いて飛行していった。

 女たちは、谷の洞窟へ身を潜めようと家々から駆けだした。バラエフ家のアマンも、長男の嫁とふたりの孫の手を引いて逃げた。
 わたしは、バラエフの家が建つ丘から、集合場所になっている村のモスクをめざした。村のまんなかあたりで、一機のヘリが空中にホバリングしているのが見えた。すると、機体を大きく前に傾け、小翼に装着されたミサイルを放った。わたしは、そのモスクとは目と鼻のさきの距離にいた。白っぽい煙が立ちのぼり、轟音(ごうおん)が響いてモスクの尖塔が崩れ落ちてきた。

 砂埃が巻きあがって、狭い通りを津波のように押し寄せてくる。モスクからは、男たちが飛びだしてきた。先頭を走る男が叫んだ。
 「ここは危ない! 谷へ逃げろ!」
 わたしも、懸命に男たちの背中を追って走った。
 攻撃ヘリは低速で飛びながら執拗に追ってくる。見あげると、不格好にせりだしたガラス張りのコックピットのなかでロシア兵が笑っている。こんどは、小翼に2つあるガンポットから連装機関砲が火を噴いた。先頭の男は蜂の巣にされ、道ばたに転がった。さらに2、3人がつづいて倒れた。

 なんとか、谷の小川の岩陰に身を隠すことができた。そこは岩が屏風(びょうぶ)のように切り立っていた。大型ローターが接触しかねないから、ヘリは近づけない。けがをした男たちの傷口を洗って、シャツを切り裂いた紐で腕や足をきつくしばって止血した。みな、恐怖に引きつった顔をしていた。
 そのなかに村の長老がいた。
 「すぐに地上部隊がやってくる。いつものロシアのやり方だ。この川の上流をめざして逃げなさい。運がよければ、アミールの部隊がおまえを守ってくれるかもしれないから……」
 「でも、自分だけ逃げるわけにはいきません」
 「なにをいっている。おまえはロシアの怖ろしさがわかっていない。信仰を持たない者にはとても耐えられないだろう。さあ、逃げなさい」
 長老はわたしの背中を押して、この場からすぐに立ち去るよういった。(つづく)

ヘリ
【チェチェン戦争】ソ連崩壊と前後してかつての衛星国がつぎつぎに独立するなか、チェチェンでも独立の機運が高まった。ところがこの地域にはカスピ海の原油・ガスという巨大利権が眠っていた。米英の石油メジャーが地中海へ抜けるパイプライン建設を発表し、ロシアは〝裏庭の権益喪失〟に焦る。こうして1994年から独立阻止を名目に第1次チェチェン戦争が始まった。ところがチェチェン側の反撃は強固で、96年にロシアは撤退を余儀なくされた。ロシアの〝威信〟をかけ、1999年にはプーチン首相(当時)が電撃的に第2次チェチェン戦争を仕掛ける。2度目の戦争は、プーチンの権力基盤を確かにする狙いだけでなく、ロシア国内で強行されることになるエネルギー産業の国有化・利権の再配分への思惑があった。 写真©Vadimmmus/PIXTA

横村 出
1962年新潟県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒、同大学院政治学研究科博士前期課程修了。朝日新聞社入社後、ロシア国立サンクトペテルブルク大学へ派遣留学、モスクワ特派員。ナイロビ支局長。チェチェン戦争(2001~2004年)、アフガニスタン戦争(2001~2002年)、パレスチナ西岸・ガザ侵攻(2002年)、イラク戦争(2003年)、ジョージア・ウクライナ革命(2003/2004年)など、旧ソ連東欧〜コーカサス地方〜中近東〜中央アジアの戦場や紛争地、テロの現場で取材。北朝鮮の核問題をめぐる6者協議では第1回〜3回までロシア代表団に同行し北京で取材した。2010年に退社し、独立する。立教大学社会学部、獨協大学外国語学部でメディア論の非常勤講師を務め、早稲田大学オープンカレッジでは「国際報道から読み解く世界」「戦場から読み解く世界とジャーナリズム」の2講座を春夏に開講している。江末壬(えすえ・じん)のペンネームでも小説を執筆する。著書に「チェチェンの呪縛〜紛争の淵源を読み解く」(岩波書店)など。

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